EVビジネスの拠点として注目されるインドネシア
米中対立が深まる中、インドネシアが電気自動車(EV)ビジネスの重要拠点として台頭しつつある。
2022年に東南アジア全体のバッテリー電気自動車(BEV、以下特記ない限りEVと記す)の販売台数は約3万台と、前年と比べて8倍以上に増加。インドネシアは東南アジアの首位に立ち、EV販売台数が同地域で初めて1万台を超えた(図表1)。
既に450万台を販売する中国や150万台の欧州などと比べると依然小規模ではあるものの、各国政府の支援策もありインドネシア、タイを中心に東南アジアのEV市場は今後拡大する見通しである。
米中企業がインドネシアを始め東南アジアのEV関連事業に参入
活況なのは販売市場だけではない。インドネシアのEV関連事業に対する外国企業の投資も一段と加速している(図表2)。東南アジアでは自動車産業の強いタイがEV生産でも先行していたが、インドネシアはEV用バッテリーの生産に必要なニッケル、コバルトなどの重要鉱物産出国であり、資源確保の重要性が高まる中で、ニッケル加工やバッテリー製造分野への投資が拡大している。
国別でみると、存在感が強いのは中国、韓国企業だが、欧米企業でもEV用バッテリー関連事業を中心とした参入が目立ち始めてきた。2022年以降に米フォード社や独フォルクスワーゲン(VW)社、スイスのグレンコア社などが相次いでインドネシアのニッケル加工事業への投資計画を発表している。
これらの投資は中国を含む様々な国の企業が参画する共同事業となっている点も1つの特徴であり、インドネシア政府が旗振り役となりEVバッテリーのエコシステムを構築するという方針が表明されている。
「脱中国依存」のための新たなEV生産拠点
欧米企業がインドネシアへのEV関連投資を進める背景には、中国に依存し過ぎない供給網を整備しようとする思惑がある。中国は世界最大のEV市場を誇るだけでなく、EVバッテリー生産において不可欠な重要鉱物の加工産業についても圧倒的な世界シェアを持っており、欧米企業のEV生産も中国に大きく依存してきた。しかし、米中対立により欧米企業などでは供給網の過度な中国依存へのリスク意識が強まっており、中国以外の地域における生産拠点拡大を模索するようになっている。
インドネシアは重要鉱物産出国であるだけでなく、政府が国内産業の高付加価値化を進める上でEV事業の育成を重視しており、補助金などの振興策を本格化させている。また、人口大国であり国内市場の成長期待も高い。このような理由から、「脱中国依存」のための新たなEV生産拠点としてインドネシアは多くの欧米企業から有望視されているのである。
米国向け輸出には不透明感
一方で、インドネシアにおいて構築の進むEV生産拠点が今後世界的な供給網にどのように組み込まれるのかは必ずしも自明ではない。特に注目されるのはインドネシア政府が意欲を見せているEVバッテリーの米国向け輸出についてである。
米国では2022年8月に大型の気候変動関連投資支援策を盛り込んだインフレ抑制法(IRA)が成立した。IRAでは米国内でEVを購入する際の税額控除要件の1つとして、「懸念国(中国などを想定)」の事業体が抽出・製造したバッテリー用の部品や重要鉱物が使用されていないことが2024年以降に段階的に求められる。
つまり、EVに使用されたバッテリーやニッケル加工品などがインドネシア産であっても、中国企業が参加する事業によるものであれば、原則として米国におけるEV税額控除を受けることができない。
現状、フォードなどの米国企業はインドネシアにおいて中国企業との共同事業によるEV用バッテリー生産体制の構築を進めている。上述の「懸念国」要件の対象外となるリース販売などの商用車向けを検討しているという説明もあるが、少なくとも一般的な米国市場向けの乗用車用バッテリーの生産方針については不透明な状況だ。
インドネシアのバッテリー事業に対する中国企業の参入が一段と加速すれば、米国市場向けのバッテリーを生産する余地は狭まってくる。米国企業がIRAの下で中国企業を排した米国市場向けのバッテリー生産確保に本格的に動く場合、インドネシアにおける米中企業間の関係はより排他的、競争的なものに変わることも考えられるだろう。
中国企業との共同事業には将来的な規制のリスクも存在
インドネシアにおける米国企業と中国企業の共同事業が米政府による規制の対象となる懸念も排除できない。2023年5月には、米上院情報特別委員会の副委員長を務める共和党のマルコ・ルビオ上院議員が、インドネシアでのニッケル生産に関するフォード社と中国の電池素材メーカー浙江華友社との共同事業について、中国の戦略的利益へ貢献する可能性に懸念を表明し、バイデン政権に調査を要求している。
米政府は米中間の貿易・投資に関して規制を強める一方、第3国における中国企業との共同事業などへの規制については慎重姿勢をとってきた(図表3)。ただし、米中対立が一段と激化する場合、こうした問題が政策議論の遡上に上がることも考えられるだろう。
ニッケル産出などの強みを持つインドネシアは、今後EV事業における重要拠点に成長する可能性を持っている。一方で、各国が激しく競争するEV事業は国際情勢に翻弄されやすく、特に激化する米中対立の行方はインドネシアのEV事業を見る上でも注意していく必要がある。
コラム執筆:坂本 正樹/丸紅株式会社 丸紅経済研究所