市場の圧力に押され力技での金利抑制へ
4月27日~28日に開催された日本銀行金融政策決定会合(以下、MPM)の声明文を見て驚いた中銀ウォッチャーや市場関係者は相当数いたのではないだろうか。本会合を前に市場予想はおおむね従来政策の維持で一致していた。
一部の市場参加者からは金利上昇圧力の高まりを背景に現行のイールドカーブコントロール(YCC)政策のファインチューニングがあり得るとの見方も示されていたが、結論として本会合での基本的枠組みの修正は見送られた。
それでも、ある1点において声明文は異例なものだった。YCCの具体的な運用が追加され、10年カレント債利回り0.25%の上限を防衛するために次回6月17日のMPMまで毎営業日指値オペをオファーすることが明記されたことだ。この点は市場関係者に相当驚きをもって受け止められたのではないかと考えられる。
というのも、公開市場操作(オペ)は通常日銀担当局(金融市場局)が市場情勢を熟慮したうえで実施するものであり、今回の決定ではその運用を最高意思決定機関である政策委員会の議決として機関決定したからだ。
これにより、臨時会合招集などのイレギュラーな措置をとらない限り、指値オペという金融調節手段は10年債利回り0.25%を維持するために必ず実行されなければならない措置となった。これまで市場との対話に基づき柔軟性を発揮してきた金融調節に対し、それを強く束縛する文言が盛り込まれたのである。
市場価格形成を歪ませ、将来の不安定性を高める恐れも?
この決定は、すでに不安定性を高めている金融市場に新たなリスクを追加する可能性があるとは言えないだろうか。
もっとも重要な問題は、市場を力技で抑え込むことが可能というのが前提になっている点にある。その結果生じる歪みがもたらす反動はいずれかの段階(遅くとも政策解除の段階)で表れる可能性が高いが、その歪みのどこまでを日銀は自らの財務棄損リスクを冒してまで許容する覚悟があるのか今回の決定だけからは見極めにくい。
また、今回の措置は長期金利の水準をアンカーすることに膨大な政策資源を費やす可能性をはらむものでありながら、市場に対するメッセージもややあいまいな印象が否めない。
第1に、今回の決定に、世論や政府が問題視している為替市場への充分な配慮は見当たらない。
要するに、日銀は金利防衛のみに従事していくと宣言したようなものであり、いかに「為替市場にも引き続き注意を払う」と述べても、具体的な行動が指値オペの機関決定によって制約されている以上、為替市場への配慮を示すためのアクションをとることは難しいだろう。(明確に円安誘導効果を持つ指値オペを毎日実施しつつ円安防衛のための為替介入を行うのは全体としての整合性が採れていないとの批判を免れないであろう)
第2に、金利上昇圧力が根強い中、10年カレント債を無制限に買い入れる指値オペを毎日打つ結果、当該銘柄が市場から払底する可能性は相当高く、国債市場の円滑な機能維持への配慮も充分とは言えないだろう。実際、先般の連続指値オペ実施より以前の時点で既に、364回・365回債などは発行額近傍まで買入れが進んでしまっている(日銀銘柄別保有残高一覧を参照)。
次回MPMまでに新発債の発行も予定されているが、新発債についても金利上昇圧力次第では瞬く間に応札が入り、10年カレント債の市場が「消滅」するという前代未聞の状態に至るリスクは存在する。
その場合、市場がない以上0.25%の金利上限を恰好だけは防衛できたことになるかもしれないが、たとえば先物と連動して売りが入りやすい残存7年債などで売りが入れば10年との逆イールド状態など、イールドカーブ全体としての円滑な金利形成が大きく損なわれ、不自然ないしいびつな金利の期間構造が生み出されることになりかねない。
民意・政府意向との乖離のある決定
また、足もとの物価高を問題に思う国民世論も根強いほか、そうした物価情勢を問題視して政府が緊急経済対策や物価抑制のための各種方策を立案していることは周知のとおりである。
また黒田総裁は、円安はプラスとの発言を続けているが、製造業の調達構造はかつてと比べて大きく変化し、部品なども含めた現地生産・現地調達が主となっている。
こうした昨今の日本の製造業のサプライチェーンをもとに考えれば、かつてのような円安による輸出誘発効果はかなり弱まってしまっていると考えられ、過度な円安によるコストプッシュの方をより強く懸念すべき時代になっていると考えるべきである点は多くの論者が指摘するとおりであろう。
金融政策は財政ファイナンスの領域へ
最後に、今回の決定は新発債(カレント債)について0.25%という固定利回りで日銀が無制限に買い入れる措置を6月17日まで継続することを宣言したものであるが、財政ファイナンスとの批判が強まる可能性があることに言及しておきたい。
もちろん国債の入札者とオペレーション参加者では微妙に一致しない面があり、指値オペも一応はセカンダリー市場からの買い入れであるが、指値オペの常設化は新発債の入札金利に0.25%のキャップを付けるも同然ということになるし、ここまでくるとそもそも財政のマネタイゼーションと何が異なるのかという批判はこれまでの国債買い入れオペよりも強まるのは必至であろう。
「一体金融政策において何を守ろうとしているのか」ということに立ち返って考えてみたとき、財政ファイナンスであると捉えられるリスクをも鑑みると、市場・世論・政府すべてのカウンターパートに対し、それぞれが納得のいく説明を果たすという金融政策当局としての姿勢を十分に汲み取るのは困難なのではないだろうか。
金融引き締めへの転換という意味ではなく、より実情に即した持続可能な、そして為替による経済への影響にも配慮した丁寧な政策運営が望まれるところであり、イールドカーブコントロールの撤回ないしさらなる柔軟化のためのオプションの徹底した吟味が近い将来にも求められることとなろう。