コインベース上場の概要

2021年4月14日に米国最大手の暗号資産取引所であるコインベース【COIN】がナスダック市場に直接上場を果たした。上場前の参照レートは250ドル、推定時価総額は1,000億ドルと、2012年のフェイスブックに並ぶ大型上場に金融市場全体から大きな関心が集まった。上場初日は、初値が381ドルと参照レートを大きく上まわり、一時429.54ドルまで上昇した。しかし、ビットコインの売りが強まると同様にコインベースの株価も下落し、終値は328ドルと初値を下まわった。同社の役員や初期インベスターらが流動性提供を目的に一定数の株式を売りに動いたことも下落の一因となった。

この日を振り返って、上場直後にはコインベースや暗号資産市場への注目度の高さが示された一方で、やはり同社の株価がビットコイン価格に大きく左右されることも示された。2月のレポートでも指摘したように、暗号資産関連ビジネス、なかでも暗号資産取引所やマイニング事業を展開する上場銘柄は、ビットコインが強い値動きをする場合に互いの相関性が短期的に強まる傾向がある。コインベースの証券登録届出書(S1)においても、同社ビジネスがビットコインをはじめとする暗号資産市場の価格やボラティリティに依存していることが記載されており、この傾向は今後も続くと思われる。

コインベース上場がビットコイン関連銘柄に与える影響

今回、コインベースが暗号資産取引所としては初めて米国の金融市場に上場した。この歴史的な出来事による市場への影響はいくつか考えられるが、以下ではビットコイン投資手法の多様化という観点で述べる。
 

【図表1】主要BTC関連銘柄の騰落率(4月14日)
出所:Bloombergより筆者作成

図1は、主要ビットコイン関連銘柄に関して、コインベースが上場した4月14日の株価騰落率を並べたものである。ビットコイン価格が大幅下落するなか、テスラ【TSLA】やスクエア【SQ】といった暗号資産関連外の中核事業が強い銘柄はその影響が限定的であるのに対し、コインベースやマラソン・パテント・グループ【MARA】、マイクロストラテジー【MSTR】、ライオット・ブロックチェーン【RIOT】といった暗号資産への依存度が高い銘柄は相場の影響を大きく受けていることがわかる。

そもそも4銘柄のようなビットコイン関連銘柄が投資家に好まれる理由とは何だろうか。それは間接的にビットコインなどの暗号資産と類似のポジションを取れることである。米国では機関投資家によるビットコイン投資の事例が増えているものの、その大半はファミリーオフィスのような自己資金を運用する主体であり、保険会社や年金基金などのような民間から資金を集めて運用する主体がビットコインに直接投資することはまだ難しい。個人投資家でも、ビットコインへの直接投資には抵抗があるが株式のフォーマットであれば、と考える人は多いのではないだろうか。そのような投資家がビットコインなどのパフォーマンスを享受する1つの手段としてビットコイン関連銘柄は選ばれている。

このように捉えた時に、コインベースは事業の特性もわかりやすく、同じビットコイン関連銘柄の中では優位性が高いと思われる。4月14日の値動きでは、上場初日の勢いと、株式としてのバリュエーションの違いもあるだろうが、同社は他の3銘柄と比べて下げ幅が小さくなっている。これまでビットコインへの間接投資を目的にマラソン・パテント・グループやマイクロストラテジー、ライオット・ブロックチェーンに投資していた人が、ポジションの一部をコインベースへ移行することは十分に考えられるだろう。

コインベース上場を受けてさらに苦難に追い込まれるGBTC

ビットコインに間接投資する手法として最初に注目が集まったのは、米国の運用会社であるグレースケールが提供するビットコイン投資信託(以下、GBTC)であった。GBTCとはビットコインのパフォーマンスに連動することを目指す投資信託である。グレースケールが投資家の代わりにビットコインを管理し、投資家は投資額に応じて1シェアあたり0.001BTC相当のGBTCを受け取る。ビットコインの保管コストなどなしに、従来の株式に準じた形でビットコインに投資できる手法として、2020年から2021年はじめにかけて多くの投資家を惹きつけている。執筆現在のGBTC運用資産額は約400億ドル(4.4兆円相当)にのぼる。


 

【図表2】GBTCプレミアムの推移
出所:Ychartsより筆者作成


GBTCはビットコイン市場とは独立したものであるため、その需給に応じてビットコイン価格との間で価格差が生じる。それがGBTCプレミアムである。GBTCは、適格投資家向けの私募を中心に資金が集められ、6ヶ月間のロックアップを経てから二次流通市場に流れる。そのため一定期間は売りが限定される。2020年はビットコインの価格上昇に合わせて投資家による買いが殺到し、GBTCプレミアムは常にプラス圏内で推移した。GBTCは間接的にビットコインに投資することができる数少ない手法であったため、それがビットコイン価格に比べて割高であっても買うインセンティブがあり、2020年末にGBTCプレミアムは一時40%近くまで拡大した。

ところが2021年に入り、その状況は変わりつつある。マイクロストラテジーをはじめとするビットコイン関連銘柄の台頭に加え、2月には米国に先んじてカナダで初めてとなるビットコインETF「Purpose Bitcoin ETF(BTCC)」がトロント証券取引所に上場した。2月18日のリリースから右肩上がりで規模を拡大し、現在ではBTCC運用資産額が約10億ドル(1,100億円相当)を超えている。比較的小規模なカナダ市場では高い水準であり、ビットコインの現物投資が難しい投資家からの需要の大きさがうかがえる。この後にもカナダではビットコインETFの承認が相次ぎ、4月にはイーサリアムETFまでも実現している。

このようにビットコインに間接投資する手法が多様化するにつれて、GBTCに集中していた資金が分散し、GBTCプレミアムは3月に入ってからマイナス圏で推移している。現在においてもディスカウント幅は拡大傾向にあるなかで、4月14日のコインベース上場時にはその幅が2倍にまで拡大した。

これらの状況変化を受けてグレースケールはGBTCの新規受付を一時停止し、親会社デジタル・カレンシー・グループによるGBTC購入計画や、GBTCをETF転換する計画などさまざまな対策を打ち出している。

コインベース上場の次はビットコインETFの米国承認か

カナダでビットコインETFが実現する中、米国においてもビットコインETFの申請数が増えている。米国におけるビットコインETFの議論については2018年頃から継続して行われてきたが、ビットコインのボラティリティの高さなどからこれまでことごとく米国証券取引委員会(以下、SEC)に却下されてきた。しかし、ビットコイン市場の拡大に伴ってボラティリティが比較的抑えられてきたこともあり、2021年に入ってからヴァンエックやウィズダムツリー、フィデリティなど複数社が改めてビットコインETFをSECに申請している。現在そのうちの2つは審査段階に進んでおり、4月ないし5月あたりには審査状況に関する追加情報が出る予定である。

【図表3】米国におけるビットコインETF申請企業の例
出所:公開情報をもとに筆者作成

4月14日にバイデン米新政権のもとゲーリー・ゲンスラー氏が新しくSEC委員長に就任した。彼は、米国の大学においてブロックチェーン関連の講義を担当するなど、暗号資産分野への理解も深いことで知られており、SECが新体制の元でビットコインETFに対しどのような判断を下すのかに注目が集まっている。今回のコインベース上場によって暗号資産業界に対する社会的な信用度が改善されたことも審査の後押しとなるかもしれない。

仮に米国でビットコインETFが実現した場合には、より多くの投資家がビットコインのエクスポージャーを取りやすくなり、新しい資金が市場に流れ込むことになるだろう。その実現が叶わなくとも、ビットコイン関連銘柄を活用した金融商品の組成など、同社の上場をきっかけに投資家が暗号資産市場へ間接的にアクセスする手法は今後ますます多様化していくと思われる。