エルサルバドルでビットコインが法定通貨に

2021年6月初旬、米国のマイアミで開催されていたビットコインカンファレンスにおいて、エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領がビットコインを法定通貨として認める法案を提出する予定であることを発表した。大統領の発表があってからわずか数日後に、その法案はエルサルバドルの国会において賛成多数で成立し、同国は世界で初めてビットコインを法定通貨として取り扱う国となった。

 以下が法案の主な内容である。
・ビットコインは強制通用力を持つ
・ビットコインは納税に使用できる
・ビットコインと米ドルとの交換を保証する
・ビットコインのキャピタルゲインは非課税

エルサルバドルは中米に位置する人口わずか600万人程度の小国である。日本で言えば千葉県くらいの人口規模だ。今回のニュースについて、小国での取組みであることからマーケットへの影響は小さいようにも思われたが、「ビットコインが一国の法定通貨になる」という歴史的なニュースに相場はポジティブに反応した。中国の暗号資産規制やマイニングの環境問題によって材料が失われていたところに新しい材料が加わった形である。

中南米諸国がビットコインに関心を寄せる理由

【図表1】ビットコインに最も関心を寄せる上位10ヶ国
出所:Blockchaincenter.netより筆者作成

エルサルバドルの発表を受けて、パナマやパラグアイ、ブラジル、アルゼンチン、メキシコといった他の中南米諸国の政治家らもビットコインを支持する姿勢をSNSで示している。また、Blockchaincenter.netではGoogleトレンドの検索データを元に国別の暗号資産に対する関心度を可視化しているが、これによればビットコインに最も関心を寄せる上位10ヶ国のうちブラジル、チリ、エクアドル、アルゼンチンの4ヶ国が中南米諸国となっている。

なぜ中南米諸国ではビットコインにこれほど大きな関心が集まっているのだろうか。その理由はいくつか考えられる。

1.金融包摂の達成

中南米諸国では経済的な理由から金融サービスにアクセスできない人たち(アンバンクト)が数多く存在している。エルサルバドルでは人口の約7割が銀行口座を持つことができずに暮らしているという。ビットコインはスマートフォンとインターネット環境さえあればいつでもどこでもグローバルに取引することができる。そのため、金融インフラが十分に整備されていない国においては、アンバンクト層でも気軽に利用できる新しい金融インフラとして注目されている。

2.GDPへのプラス効果

中南米諸国は米国を中心とする世界各国に出稼ぎ労働者や移民を送り出しており、彼らからの仕送りによって国内の経済活動が支えられている。エルサルバドルへの送金額は約59億ドル(2020年)で、GDPの2割以上に相当する。また、世界銀行によれば、2020年の中南米諸国への送金額は1,030億ドルで、中低所得国向け全体(5,400億ドル)のおよそ20%を占めている。しかしながら国外においても銀行を利用することができない人はまだまだ多い。ビットコインは金融包摂とともに海外からの送金を取り込むことが期待されている。それによって各国のGDPにプラスの効果をもたらしうる。

【図表2】中低所得者向けの送金額(2020年)
出所:世界銀行の報告書(2021年5月12日)より筆者作成

3.資産の逃避先

中南米諸国の通貨は比較的リスクの大きい通貨であるため、そこに住む人たちの多くは国内情勢に応じて米ドルやユーロなどの先進国通貨を購入することによって資産を守ろうとする。しかし、アルゼンチンやベネズエラのようなハイパーインフレの状況にある国では、政府が自国通貨の価値を維持しようと外貨の購入に規制をかけるため、その動きが制限されている。そこで資本規制の手が届かないビットコインが資産の逃避先の1つとして選ばれている。図表3ではアルゼンチンが米ドルの購入に規制を課した2020年以降、国内におけるビットコインの需要が高まっている様子が確認できる。

【図表3】アルゼンチンにおける「LocalBitcoin」の週次取引高の推移
出所:Coindanceより筆者作成
※LocalBitcoinとはビットコインのOTC(相対)取引サービス

4.通貨安定化策の一環

中南米諸国の中には「完全な米ドル化」政策をとる国もある。完全な米ドル化とは自国通貨を放棄して米ドルを法定通貨として採用することである。今回のエルサルバドルのほかにも、エクアドルやパナマといった小国では米ドルが経済活動に使われている。日本では馴染みのない政策だが、通貨が不安定な国においては大国の恩恵を受けることができるため合理的な政策である。このような国では元から金融政策の裁量がないため、通貨安定化策の一環でビットコインの法定通貨化に踏み切りやすい。なぜなら、ビットコインは金融政策が効かないという問題も無視できるからだ。

5.ヒト、モノ、カネの誘致

かつてエストニアが電子住民サービス「e-Residency」や電子通貨「estcoin」によって世界中から多くのヒト、モノ、カネを呼び込んだように、ビットコインの法定通貨採用はその国に多くの恩恵をもたらす可能性がある。実際に、エルサルバドルは自国においてマイニング産業に力を入れることを検討しており、規制によって移動を余儀なくされる中華系マイナーが同国を新天地の1つに選ぶこともあるかもしれない。ビットコインの値上がり益が非課税ということも魅力的である。

「ビットコインの法定通貨採用」という社会実験の意義

ビットコインの考案者だと言われているサトシ・ナカモトが、かつてビットコインのホワイトペーパーに描いたのは、個人が自由に利用することができる電子通貨システムであった。だからこそビットコインの通貨性についてはこれまでも様々な議論がされてきたが、その値動きの激しさゆえに「通貨にはなりえない」との意見が各国当局では支配的となっている。

エルサルバドルの取組みは今一度サトシ・ナカモトの理念に立ち返り、ビットコインの通貨としての可能性を世界に示すかもしれない。そもそもビットコインとは、国が現実に通貨として認めなくとも、個人とインターネットに開かれた通貨的なものなのだ。

また、エルサルバドルはビットコインを法定通貨に採用するにあたって、「ライトニングネットワーク」という、ビットコインの少額決済を可能にする技術を利用する予定である。ビットコインではどうしても価格の浮き沈みばかりが注目されてしまうが、その裏ではビットコインを日常的に使うための技術が着々と進化していることも知っておくべきである。

とはいえ、エルサルバドルにおける「ビットコインの法定通貨採用」という社会実験が良い結果を生むかどうかはこれからの動きを観察しなければわからない。日本でも、ビットコインが外貨になるということで、それが法的にどのように解釈されるのかなどについては議論すべき課題である。国際通貨基金(IMF)もこの実験については多方面での懸念を挙げながら慎重な分析が必要であると指摘している。

しかし、ビットコインが一国の法定通貨に採用されたことによって、少なからずビットコインが見直される部分はあるだろう。ビットコインを法定通貨にしたところで結局はボラティリティの大きさがネックとなって決済手段には使われないとの声もあるが、それは半分正しく半分間違いである。ビットコインという、国や金融機関を頼らずとも利用できる決済手段が選択肢の1つとして加わることに意味がある。それを好む人々が資産を自由に移動したり、管理したり、さらには国が認めた通貨としても使えることが重要なのだ。

このような本来のビットコインのあるべき姿が中米の小国によって思い起こされている。ビットコインの法定通貨採用が新興国を中心に広がることで価格にポジティブな影響が及ぶこともあるだろう。しかしそれよりも我々が期待するべきことは、ビットコインによって多くのアンバンクト層が救われ、ひいてはエルサルバドルのような小国の発展が促されることではないだろうか。