市場がリスクテイクに動いている背景とは

5月7日、米国の2年債と5年債の利回りが過去最低を更新するところまで低下しました。金利低下を受けてゴールド市場にも資金が流入したほか、5月8日には、4月の雇用統計の数字が戦後最悪の失業率となったにもかかわらずリスク選好相場となり、米国株市場も大きく上昇しました。

3月のコロナショックでは、何もかもが売られる「キャッシュ化(換金売り)」が米ドル高をもたらしました。しかし「Sell in May」の格言で知られる警戒が必要なこの時期に、市場がリスクテイクに動いている背景には何があるのでしょうか。

5月7日の金利低下は必ずしも歓迎できるものではないかもしれません。米国債利回りが史上最安値を更新した裏で、金利先物市場では米金融当局による来年(2021年)のマイナス金利導入の可能性が織り込まれる動きがあったのです。

FF金利先物(30 Day Federal Funds Futures)は、FRB(米連邦準備制度理事会)のFF金利を参照する金融派生(デリバティブ)商品で、シカゴ商品取引所(CBOT)に上場されています。米政策金利の将来の水準を想定して取引されるため、米国の金融政策に関する市場の見通しを見る指標としてトレーダーらが重要視しているものです。

市場はマイナス金利を織り込み始めている

FF金利先物は36ヶ月先まで毎限月取引がされていますが、5月7日の時点で2021年1月29日に期限を迎える1月限で100を超えてきました。

※取引は1~100の価格で行われます。例えば99.5で取引されていると仮定した場合、100-99.5 =0.5が金利となります。1月限であれば、1月に金利が0.5%になると金利先物市場が織り込んでいるということになります。そして価格が100になるということは、100-100=0ですから、市場は金利がゼロになると予想しているということになります。さらに100を突破してくると、金利がマイナスになるとの織り込みが進んでいるということになりますね。

実際には5月8日には2020年10月限まで100を超える瞬間がありましたので、早ければ2020年の10月にもマイナス金利になる可能性があると金利先物市場が織り込み始めたと考えられるのです。

これは金利先物市場の取引での話であり、実際にFRBがこれに倣ってマイナス金利を導入するという話ではありませんが、債券市場はFF金利のマイナスの可能性を織り込む形で利回りが低下していった、と考えられます。

では、米国は現実にマイナス金利を導入するのでしょうか。

トランプ米大統領は2019年9月に「FRBは金利を0%かそれ以下に下げるべきだ」とマイナス金利政策の導入を求めるツイートをしています。

実際、FRBはコロナショックへの対処として3月に金利を0%にまで引き下げたわけですが、マイナス金利となると話は別です。パウエルFRB議長はこれを何度も否定しています。3月の緊急利下げ時にも「われわれはマイナス金利が適切な政策対応になる可能性は低いとみている」と発言し、米金融当局としてマイナス金利に反対する立場をあらためて表明しました。

しかし、トランプ米大統領は5月12日にも「他国がマイナス金利の恩恵を受けているのであれば、アメリカもマイナス金利を承認し、その恩恵を受けるべき」とツイートしています。

マイナス金利導入が容易ではない事情

米国は巨額の赤字を抱えています。今回のコロナ禍ではさらなる財政出動によりさらなる赤字拡大は必至です。米国経済は巨額の米国債を中国や日本など他国に買ってもらうことで成り立っています。

日本の長期債はゼロ近傍に固定するYCC(イールドカーブコントロール)という日銀の金融政策によって金利がつかない中、日本の機関投資家らは利回りが魅力の米国債に投資することで運用収益を得ています。ところがこの米国債の金利が消え、米債投資の魅力がなくなってしまったらどうなるでしょうか。

マイナス金利導入は基軸通貨である米ドルの信認低下にもつながると考えられるため、日本や欧州のようにおいそれとマイナス金利を導入できないという事情もあるのです。

もしマイナス金利を導入すれば、ドルの信認低下からのドル安が加速するとも考えられるのですが、その一方で米国債市場での債券売りからの金利急騰でドルが乱高下するリスクも抱えています。米国におけるマイナス金利の導入は容易ではありません。しかしながら市場はそれを催促し始めているのです。ここからは金利先物市場の動向から目が離せません。