◆このところ続けて季節や気候のことについて書いている。隔週で書く周期が二十四節季に当たるので、どうしても季節の移ろいを感じることになるからだ。二十四節季は立秋、立春など暑さ寒さのど真ん中で季節外れのものもあるが、毎年必ず暦通りに季節が巡るものがある。処暑である。暑さが処(や)む頃という意味だ。5年前の今日の【新潮流】でも「君らの熱闘の翌日から/甲子園の季節は秋になった」という阿久悠さんの詩を引いて夏の終わりについて書いている。

◆今年も素晴らしい熱闘だった。星稜と履正社の試合に日本全国の大勢が声援と喝采を送った。それが沸点だったのだろう。熱を出し切った日本列島は急に秋の気配が漂い始めた。毎年甲子園の決勝が終わると、途端に涼しくなる。この法則だけは変わらない。

◆株式相場にもこの時期、不変の法則がある。夏枯れである。東証1部の売買代金が2兆円に届かない日がもう8日も続いている。夏枯れは毎度のこととは言え、この活気のなさはアベノミクス相場が始まる前に逆戻りしたかのようである。閑散に売りなしの格言通り、大きく崩れるわけではない。だが、下がらないけど上がらない。こんな低いバリュエーションで相場が固まってしまっては情けない。

◆季節は確実に移ろう。8月は毎年「魔の8月」と言われるほどパフォーマンスが最悪の月だが、その8月も今週で終わる。9月もパフォーマンスの悪い月だが、逆に秋は相場の買い時となってきた。「セル・イン・メイ(5月に売れ)」の格言とセットで、「9月には相場に戻って来い」と言われる。高校野球も終わって暑さも止んだ。相場にも活気が戻ることを期待したい。