米中貿易摩擦への警戒感から昨日の米国株式相場が急落した。ドル円相場は1ドル=104円70銭付近と2016年11月以来の円高となった。これを受けて、今日の東京株式市場は全面安。本稿執筆時の午前10時現在、日経平均の下げ幅は800円を超えた。
こういうパニック売りの時に、何を言っても仕方ないところがあるが、こういう時こそ冷静になることが必要である。
「貿易戦争」と聞くと、何か大変なことが起こるような気がするが、本当に大変なことになるかはまだわからない。
1.トランプ大統領の狙いは、支持率アップのための「パフォーマンス」である。本当に貿易戦争に突入して経済を疲弊させたら困るのは米国自身、トランプ自身である。根っからビジネスマンのトランプ氏がそのことを理解しないはずがない。制裁関税を課す中国製品のリストには約1300品目が載る想定で、「リスト公表後に30日間かけて企業などから意見を募り、対象を最終確定する。制裁関税の発動までに2カ月近くかかる」と報道されている。この間、いろいろなロビー活動も行われて最終決着がどうなるか、まだわからない。そもそもスーパー301条は一方的な貿易制限を禁じるWTOルールに抵触する可能性もある。
2.中国が「大人」の対応をしている。Bloombergは、<トランプ関税に中国が反撃 ‐ 貿易戦争「開戦」>と仰々しく報じているが、中国が発表した相互関税を課す計画は、米国からの鉄鋼や豚肉などの輸入品30億ドル相当である。米国の制裁額600億ドルの5%に過ぎない。貿易不均衡に関する中国のスタンスは、米国の対中輸出規制も原因であり、対中ハイテク製品の輸出規制が撤廃されれば貿易不均衡のかなりの部分が改善する主張している。つまり、米国からもっとモノを買うことで不均衡は是正できる、中国の市場はオープンだ、と言っている。そういう手前もあって、関税の報復合戦のような愚行はしないだろう。
3.そもそもトランプ大統領は「モノ(財)」の貿易しか対象にしていないが、米国の「サービス」の貿易収支は過去最高である。また自動車などが顕著だが、中国でビジネスをしている米国企業はたくさんあるのに、米国で活動している中国企業は少ない。中国は、サービスや投資などを含めて不均衡問題を捉え、「対話」によって改善しようとしているが、米国がそれを無視している現状だ。
4.いまのところ中国の出方は大人しいが、メディアで報じられないところでは、どんなゆさぶりを米国にかけるかわからない。早い話、米国債を売るぞ、と脅せばいい。米国の巨額の財政赤字を賄うには、貯蓄率が歴史的に下がっている家計ではファイナンス能力がなく必然的に外国に頼らざるを得ない。昨年12月時点の米国債保有額は中国が最大で、1兆1840億ドル。極論すると米国は貿易でモノを買う対価としてドル紙幣を中国に払う。しかしその後、米国債という借用証書の紙切れを担保にドル紙幣を米国にまた還流させてもらっている状態である。対中貿易赤字の裏に、中国による米国の財政赤字のファイナンスがあることはトランプ政権だって知らないわけがない。
5.中国の対米輸出依存度は輸出総額の19%であり、米国の対中輸出依存度は貿易総額の8%。これだけを見ると中国が譲歩せざるを得ないように思われるが、実際の交渉カードは中国のほうが多い。また、傍目にもボロボロのトランプ政権と、盤石の権力を固めつつある習近平政権とでは、政権の力量が違うだろう。なりふり構わず打って出るトランプ政権を中国はうまくいなしたり、かわしたり、時には脅したりしながら上手に対応するだろう。
6.結局、「貿易戦争」は深刻な事態にまで拡大しないだろう。それでも世界貿易にはなんらかの負の影響が出るだろうから、グローバル経済にとって、そして日本企業の事業環境にとって良くないのは確かだが、問題はその程度がいまは誰にもわからないということである。
だから、冷静になれと言っても無理なのだけれど、ここまで売られれば安いものは安い。見た目のPERが12倍を割っても、もとになるEPSが円高で減益になるリスクがあってはPERでは買えないのは事実。しかし、PBRで測ればどうだろう。BPSは、利益が減益であっても、儲けが出ている(欠損にならない)限りは増加する。(在外営業活動体の換算差額が円高によってマイナスになる可能性はあるが。)
現在、日経平均のBPSは1万8000円程度。報道の通り、日本の上場企業全体ではROEがほぼ10%程度になると見られている現状、1万8000円のBPSが10%増えて2万円になるのはほぼ確実だ。このことを株価のバリュエーションで示せば、PBR1.1倍、日経平均2万円というのは、これ以上引くものがない底値である。もう、そこまでわずか数百円に迫っている。完全なボトムと言える。