前回は日経平均採用企業の利益と時価総額を合計して、「日経平均株式会社」のPERとEPSを求める方法を紹介した。前期に多額の損失を出した資源関連企業の今期業績が回復すること等により、結果的に今期予想EPSは9%程度の増益となり、金額としては1200円程度になることを示した。PER15倍で評価して1万8000円がフェアバリューだろう。
詳細は今後のレポートで述べていくが、6月は波乱材料に満ちている。利上げ観測が高まるFOMCの結果は15日、すなわち日本時間16日未明に判る。その16日は日銀の金融政策決定会合だ。果たして追加緩和の有無、そしてその内容はどうなるだろう。米国FRBが利上げし、日銀が追加緩和に動けばドル円相場は115円程度まで円安が進んでもおかしくない。まさに6.16はXデーだ。日本株ロング(買い持ち)の投資家の立場から見た「吉」と出れば、日経平均は上述した1万8000円に向けた上昇が期待できる。
しかし、その1週間後にEU離脱を問う英国の国民投票がある。言うまでもなく、今年最大のリスクイベントである。このリスクイベントが日米の金融当局の政策決定に影響を及ぼす可能性がある。万が一に備えて、次回7月にアクションを先送るかもしれないが、むしろFRBはこのタイミングで利上げしてしまいたいと思うかもしれない。他方、日銀は、英国がEU離脱を選択し市場が大混乱に陥る(当然、超円高・株暴落となるだろう)場合に備えて、追加緩和のカードを温存したいと思っても不思議ではない。
BREXIT(英国のEU離脱)となった場合、世界の金融資本市場は大混乱に陥り、リスク回避の円高が進む。日経平均は1万4500円程度まで売られるだろう。前回2月の急落時は、日経平均は1万5000円割れで止まったが、そこがPBR1倍の水準だったからだ。言い換えれば、当時、市場が参照していた日経平均の1株当たり純資産は1万5000円で、それが下値の目途となった。現在、日経平均の1株当たり純資産は1万4700円に減少してしまった。よって、今度下値模索の展開となったときには、1万5000円はサポートラインにならない。
この1株当たり純資産1万4700円という値は、PER⇒EPS同様、PBRから逆算した値であり、そのPBRは前回同様、「日経平均株式会社」という持ち株会社があるかのように、日経平均採用225社の純資産を合計し、時価総額合計を割って算出した。(厳密には合併で誕生したばかりのコンコルディアFGを除く224社の合計)
2015年度の「日経平均株式会社」は前の期(2014年度)に比べ純資産を約9兆円減らした。その内訳を見てみよう。
財務会計基準機構が管掌する「有価証券報告書の作成要領」の最新版によれば、日本基準の財務諸表の連結貸借対照表「純資産の部」の勘定科目は以下の通り。
大項目は、「株主資本」、「その他包括利益累計額」、「新株予約権」、「非支配株主持分」の4つだ。ちなみに「自己資本」とは、「純資産」から「新株予約権」、「非支配株主持分」を除いたもの、と定義される。ROE(自己資本利益率)だとか、金融機関の自己資本比率だとか、「自己資本」という言葉がこれだけ使用されながらも、バランスシートの勘定科目に「自己資本」という科目はないのである。
さらに言うと、日経新聞などで記載されるPBR=株価純資産倍率は株価を自己資本で割ったものである。よって、重要なのは自己資本であり、「新株予約権」、「非支配株主持分」の変動を見てもごく僅かなので、我々が注目すべきは「株主資本」と「その他包括利益累計額」の変化だということがわかる。
2015年度の「日経平均株式会社」は「株主資本」を 7兆円増やしたが、「その他包括利益累計額」が15兆円減少したため、トータルで純資産を減らしてしまった。「その他包括利益累計額」減少15兆円の内訳は主に、有価証券の評価損5.5兆円、為替換算調整勘定5.5兆円、退職給付に係る累計額1.8兆円である。年金債務調整額は4000億円程度のマイナス寄与だった。
為替換算調整勘定とは在外子会社の円換算した時価評価額が反映される。ざっくり言えば、株安や円高で保有する有価証券や在外子会社の評価損が膨らんだことが、この「その他包括利益累計額」減少15兆円という格好で純資産のマイナスに寄与したわけである。
ここで「前期に稼いだ当期利益はどこにいったのか?」という疑問を持たれる読者もいるだろう。前期、「日経平均株式会社」は19兆円の利益を稼いだ。だが、配当の支払いが7兆円、自社株買いに4兆円使った結果、8兆円しか利益剰余金が増加しなかった。4兆円自社株買いをしたうち3兆円償却した。残りは「自己株式△××円」というマイナスの勘定科目が1兆円増加。合計で「株主資本」は7兆円しか増えず、「その他包括利益累計額」減少15兆円を吸収しきれなかったのである。
こう見てくると、純資産(自己資本)の減少は、株価や為替の変動によるものに加えて、配当や自社株買いなど株主還元によっても起こり得るという「当たり前の事実」に気付かされる。
コーポレートガバナンス強化の流れで企業の株主還元姿勢が強まり、増配や自社株買いが増えている。それはROEを高めることにつながる。しかし、それが必ずしも企業価値を高めることにはならない。いろいろなケースを指摘することができるが、いちばん単純でわかりやすい例は純資産が減少するという事実だ。PBRというバリュエーション尺度は割高になり、仮にPBRが下値目途となるなら、その水準は切り下がるということだ。