米国と中国の覇権争い激化。多額の資金投入や産官学連携で新技術の開拓に注力

次世代計算機の量子コンピューターを巡る覇権争いが激化しているようです。国家間では米国と中国が多額の予算を注ぎ込み、研究開発を支援しています。

欧州連合(EU)や日本も指をくわえているわけにもいかず、競争に加わっています。コンピューターの覇権争いと言えば、スーパーコンピューターの性能で日米中が三つ巴の争いを続けていますが、量子コンピューターはその完全な延長線上にあるわけでもなく、異なった領域での競争となります。

量子コンピューターでは量子力学というミクロの世界で起こる物理法則を利用し、計算力を飛躍的に高める技術が基盤となります。量子コンピューターの世界では、従来型のコンピューターを「古典コンピューター」と呼んでいますが、古臭いという意味ではありません。古典力学を元に設計されているため、このように呼ばれているそうです。

量子コンピューターにも得手不得手があるようですが、得意分野の計算力は最新鋭のスーパーコンピューターを遥かに凌駕します。異次元の計算力はさまざまな分野に活用され、産業の技術革新を促すと期待されています。ただ、実用化には課題も多く、本格的に運用されるまでには長期の研究が必要との見方も根強いようです。

とはいえ、宇宙開発や暗号技術、軍事防衛などにも利用できるとみられるため、国家間の開発競争激化は当然の帰結です。中でも中国は力を入れており、2017年には中国東部の安徽省合肥で量子技術の研究拠点である「量子情報科学国家実験室」の建設に着手。2020年に第1期が完成しています。

この他にも中国政府が総額で1000億元(約2兆500億円)以上を投じ、量子技術の研究開発を支援するとも報じられています。内閣に当たる国務院の直属の研究機関である中国科学院とアリババ集団[BABA]が共同で研究を進める他、中国科学技術大学が巨額の研究費を獲得するなど産官学が一体となって米国を追い上げています。

中国に先行を許すわけにもいかない米国も産官学の協力を強化しています。トランプ米政権下の2018年12月に「国家量子イニシアチブ法」が成立し、研究開発の体制を整備する方針が打ち出されました。さらにバイデン米政権も2022年5月、量子技術の研究開発を加速させるための大統領令を出しています。

米国の民間企業ではスタートアップからIT大手まで数多くの企業が量子コンピューティングというフロンティアの開拓に果敢に挑戦を続けています。新たな技術を切り開くための挑戦こそ米国の競争力の源泉です。そこで、今回は量子コンピューターの研究開発や商用化に取り組む企業を紹介します。

今後、量子コンピューターの世界を牽引すると期待される5銘柄

IBM[IBM]、量子コンピューターの分野でも先頭集団

1911年に3社の合併を通じて誕生したIBMの歩みは、コンピューター発展の歴史とかなりの部分で重なり合っているようです。コンピューターメーカーとしては後発でしたが、1964年に発表した大型の汎用コンピューター「システム/360」が大成功し、確固たる地位を築きます。

コンピューターの発展とともに歩んできたIBMは量子コンピューターの分野でも先頭集団を構成しているようです。2016年にはクラウドを通じて5量子ビットの量子コンピューターを一般に公開し、2017年には16量子ビットの量子コンピューター「IBM Q」を発表しています。

量子コンピューターでは、通常のコンピューターのように0と1の2進法ではなく、0と1の量子力学的な重ね合わせ状態を情報処理の基本単位(量子ビット)として利用します。重ね合わせた状態を活用することで、膨大な組み合わせの計算を並列して実行できるため計算能力が高いという理論です。

IBMは2021年に127量子ビットのプロセッサーを発表しました。プロセッサーの名称は米国を象徴する「Eagle(ワシ)」です。量子ビットが100を超えるプロセッサーを導入するのはIBMにとって初めてでした。

そして2023年6月、IBMは量子コンピューターが古典コンピューターを上回る性能を発揮できることを初めて実証したと発表しました。実証実験には127量子ビットのプロセッサー「Eagle」を使用しています。

量子コンピューターと古典コンピューターを使い、物質の構成要素をシミュレーションする性能を比較しました。量子コンピューターでは依然としてパフォーマンスを阻害するエラーが大量に発生しますが、システム内のエラーを学習して軽減することで、量子コンピューターが最先端の古典コンピューターを凌駕できることを実証したのです。

IBMは2025年までに4,000量子ビット以上のプロセッサーを開発するというロードマップを掲げ、開発に取り組んでいます。また、産学連携にも積極的で、2023年には東京大学とシカゴ大学に今後10年で合わせて1億ドルを投資し、量子コンピューターの研究開発を支援する方針を打ち出しています。

東京大学には量子コンピューター分野での日本企業との連携や需要の吸い上げなどを期待し、シカゴ大学には量子コンピューターと古典コンピューターの組み合わせに関する研究の成果を期待しているようです。IBMのクリシュナ最高経営責任者(CEO)は大学との提携を通じ、10万量子ビットを搭載する量子コンピューターを2033年までに開発する方針を示しています。

IBMは技術開発の最前線で他社と競い、激しいつばぜり合いを演じています。100年企業が持つ大きな目盛の時間軸に基づき、新しいコンピューターの時代の扉を着実に開いている印象です。

【図表1】IBM[IBM]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表2】IBM[IBM]:株価チャート
出所:トレードステーション

イオンキュー[IONQ]、主要クラウドで量子サービス提供

量子コンピューターの分野でも研究開発を手掛ける新興企業が数多く誕生し、その一部が株式市場への上場を果たしました。イオンキューもその1つで、2021年10月に特別買収目的会社(SPAC)との合併を通じ、ニューヨーク証券取引所に上場しました。

2021年の終盤はSPACの隆盛が象徴するように新興企業の新規株式公開(IPO)バブルが続いていました。量子コンピューターの研究開発を手掛ける企業の一部も上場後に株価が急騰しましたが、その後に下降線をたどり、今も浮上できない銘柄が多いようです。

イオンキューも急騰の後に急落しましたが、他の多くの新興株と異なるのは株価が再浮上した点です。2023年9月には一時、終値ベースの最高値の約7割程度にまで戻しています。

創業は2015年です。メリーランド大学のクリストファー・モンロー氏とデューク大学のジュンサン・キム氏という2人の量子コンピューター研究者が立ち上げました。

イオンキューは量子コンピューターのハードウエアを開発しています。IBMのハードウエアが超伝導方式であるのに対し、イオンキューはイオントラップ方式と呼ばれる別の仕組みを使っているのが特徴です。

すでに商用サービスを始めており、クラウドでQCaaS(サービスとしての量子コンピューティング)を展開しています。アマゾン・ドットコム[AMZN]の量子コンピューティングサービス「Amazon Braket」、マイクロソフト[MSFT]の「Azure Quantum」、グーグル(アルファベット)[GOOGL]の「Cloud Marketplace」を通じてサービスを提供しています。

クラウド大手3社がすべて採用するなど評価は高いようです。さらに事業会社からの評価も高く、サムスン電子やアマゾンなどに加え、ソフトバンクビジョンファンドもイオンキューに出資しています。

イオンキューは2020年に開発の時間軸を示したロードマップを発表しました。2028年までにエラーを直す機能を備えた1024量子ビットのコンピューターの開発を目標に掲げています。

【図表3】イオンキュー[IONQ]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表4】イオンキュー[IONQ]:株価チャート
出所:トレードステーション

ハネウェル・インターナショナル[HON]、コンピューター開発に返り咲き

ハネウェル・インターナショナルの前身企業の創業は1885年です。米国の工業発展とともに歩んできた企業と言えそうで、現在も主力事業は航空機エンジンなどを開発・生産する宇宙航空部門、製造業のオートメーション化を推進する機能性材料・技術部門、製造業などの生産現場での安全性確保と生産性向上を図る安全・生産性ソリューション部門、建物の安全を守るビルディング技術部門に分かれています。

ハネウェル・インターナショナルはかつてコンピューターも開発していました。大型の汎用コンピューターの開発を手掛けていましたが、IBMに太刀打ちできずに1986年に事実上の撤退を発表し、1990年代の初めには完全に退場しました。

それから約30年が過ぎ、量子コンピューターの分野でIBMのライバルとして返り咲いたのです。しかも今回は英ケンブリッジ大学発のベンチャー企業、ケンブリッジ・クオンタム・コンピューティングというパートナーがいます。

ハネウェル・インターナショナルがハードウエアを開発する技術、そしてケンブリッジがソフトウエアやアルゴリズムを構築する技能を持ち寄り、2011年に合弁会社のクオンティニュアムを立ち上げています。報道によると、ハードウエアとソフトウエアの技術を持つことで、「量子コンピューター界のアップル[AAPL]」を目指すとの見方も伝わっています。

クオンティニュアムは高性能の量子コンピューターを発表し、高い評価を受けています。大型の汎用コンピューターのケースとは異なり、ハネウェルが勝ち残れるのか注目度は一段と高まりそうです。

【図表5】ハネウェル・インターナショナル[HON]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表6】ハネウェル・インターナショナル[HON]:株価チャート
出所:トレードステーション

アルファベット[GOOGL]、スーパーコンピューターで47年かかる計算を数秒で

アルファベット傘下のグーグルはわかりやすい形で世の中に新たな技術を提示するのが得意です。グーグル傘下の企業が開発した人工知能の囲碁ソフト「アルファ碁」が2016年に世界トップクラスの棋士と対戦して4勝1敗と圧勝したニュースは衝撃をもって伝えられました。

量子コンピューターの分野では、2019年に最先端のスーパーコンピューター(当時)でも約1万年かかる計算を量子プロセッサー「シカモア」搭載のコンピューターを使い、約3分20秒で解いたと発表しました。こちらも量子コンピューターの圧倒的な潜在力を知らしめたと言えそうです。

2023年7月には70量子ビットの「シカモア」が世界最速のスーパーコンピューターで47年かかる計算を数秒で解いたとして再び話題になりました。もちろんグーグルの成果はデモンストレーションだけでありません。

量子コンピューターは実用化に向けてエラーの削減という大きな課題が横たわっていますが、グーグルは2023年2月に量子ビットのエラーを計算機上で訂正する「量子誤り訂正」に成功したと発表しました。誤り訂正符号のアルゴリズムを利用してエラー率を引き下げており、量子ビット数を増やすことでさらに改善できるとしています。

グーグルは量子プロセッサーだけでなく、周辺のハードウエアの改良も着々と進める他、量子技術の研究の成果を科学誌の「ネイチャー」にたびたび発表するなど優れた研究スタッフと豊富な資金力で成果を上げ続けています。

【図表7】アルファベット[GOOGL]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表8】アルファベット[GOOGL]:株価チャート
出所:トレードステーション

マイクロソフト[MSFT]、10年以内に量子スーパーコンピューターを開発へ

マイクロソフトも量子コンピューター分野の主要プレイヤーです。生成人工知能(AI)でグーグルと主導権争いを繰り広げていますが、量子コンピューターの開発でもしのぎを削っています。

グーグルと比べたマイクロソフトの強みは企業の需要を汲み取り、ニーズに合わせる形で提供できる基盤を持っている点でしょうか。量子コンピューターはもちろん、生成AIの活用もまずは個人よりも企業や政府機関、研究機関などが中心になる見通しであり、マイクロソフトはエクセルやワードなどのオフィスソフト「Microsoft 365」を絡めて商品化できる強みがあります。

実際、2023年6月にはAIと量子コンピューテュングを組み合わせたクラウド量子コンピューティングサービス「Azure Quantum Elements」を開始したと発表しました。従来のサービスに新たな機能を加えた研究者向けの新サービスで、探査領域の拡大やシミュレーションの高速化などで研究開発の迅速化を後押しします。

マイクロソフトは 「Azure Quantum Elements」を導入したタイミングで量子コンピューター開発のロードマップも公表しました。量子技術を使った真のスーパーコンピューターを10年以内に開発する方針を明確に打ち出しています。

【図表9】マイクロソフト[MSFT]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は6月
【図表10】マイクロソフト[MSFT]:株価チャート
出所:トレードステーション