米国内で製造されたBlackwellが初お披露目、米国内での量産体制は?

米半導体大手のエヌビディア[NVDA]のジェンスン・ファンCEO(最高経営責任者)は10月17日、米アリゾナ州フェニックスにあるTSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)[TSM]の半導体製造施設を訪問し、「Blackwellウエハー」が米国で初めて製造され、量産段階に達したことを祝うイベントに出席した。イベントのステージで、ファン氏はTSMCの事業担当副社長とともにBlackwell(ブラックウェル)のウエハーに署名し、次のように述べた。

「いくつかの理由から歴史的な瞬間だ。近年の米国の歴史において、最も重要な半導体が、ここ米国内にあるTSMCの最先端工場で初めて製造された。これはトランプ米大統領が掲げる再工業化のビジョンによるものである。製造業を米国に呼び戻し、雇用を創出することはもちろんだが、半導体は世界で最も重要な製造業であり、最も重要なテクノロジー産業でもある」

TSMCが米アリゾナへの進出を発表したのは2020年だった。そこから数年でエヌビディアの米国製Blackwellチップが量産されるところまでこぎつけた。半導体のベース材料であるウエハーが超高性能のAI(人工知能)チップになるまでには、積層、パターン形成、エッチング、ダイシングといった複雑なプロセスを経る。量産には繊細かつ高度な生産技術が要求される。

今回のイベントは、トランプ政権の戦略である最先端チップ生産の米国回帰に向けた重要な一歩が達成されたことを示すものである。また、同時にAI技術に関する生産と開発に関して、米国がリーダーシップを維持するための取り組みが進展していることを反映している。

TSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)[TSM]、AI向け半導体需要が追い風に

AI向け半導体需要を追い風にTSMCの高成長が継続している。TSMCが10月16日に発表した第3四半期(2025年7-9月期)決算は、売上高が9899億台湾ドル(前年同期比30.3%増)、純利益は4523億台湾ドル(前年同期比39.1%増)だった。7四半期連続で増収増益を達成した。

営業利益率は50%台を回復し(2022年第4四半期以来)、最先端ノードの生産においてコストの最適化や稼働率の向上が進んでいることが窺われる。

【図表1】TSMCの売上高・営業利益・営業利益率
出所:決算資料より筆者作成

日本経済新聞の10月16日付けの記事「TSMC、25年12月期売上高を上方修正 『AIメガトレンドに確信』」によると、TSMCの魏哲家・董事長兼最高経営責任者(CEO)は、同日開いた決算オンライン説明会で、現在の市場動向について「AI関連の需要は依然強く、AI以外の市場も緩やかに回復している」と説明した。また、消費者・企業のAI活用や、国家などによる「ソブリン(主権)AI」の開発が進んでいることに触れ、「AIのメガトレンドに対する当社の確信は強まっている」と話した。

2025年12月期の売上高予想(米ドルベース)については、これまでの「前期比30%前後の増収」から「前期比30%台半ば近くの増収」に上方修正した。上方修正は今期2度目となる。

テクノロジー別売上高を見ると、3ナノ、5ナノ、7ナノの最先端プロセス(7nm以下)が売上の74 %を占めている。用途別売上高では最先端プロセスが用いられるHPC/AI、スマートフォンが売上高の8割以上となっており、先端技術へのシフトが順調に進んでいることが、ここからも確認できる。

【図表2】TSMCのテクノロジー別売上高(2025年第3四半期)
出所:決算資料より筆者作成
【図表3】TSMCの用途別売上高(2025年第3四半期)
出所:決算資料より筆者作成

米国内での企業の設備投資を後押しするワン・ビッグ・ビューティフル・ビル法

向かうところ敵無しといった決算内容であるが、いくつか懸念事項もある。例えば、米中の対立が激化することによる影響や為替変動、台湾以外の海外拠点(米国、日本など)における稼働拡大に伴い、コスト構造が変化し、利益率が変動する点などだ。最も注意すべきは、AI需要の過大評価や、世界景気の減速などで、米オープンAIやハイテク大手による巨額のデータセンターへの投資計画が変更される点だろう。

米国で毎日のように桁外れの投資が話題になっているが、この背景にはトランプ政権で2025年7月に可決された「ワン・ビッグ・ビューティフル・ビル法(OBBBA)」が一役を担っていると思われる。

ワシントンD.C.に拠点を置く研究シンクタンク「Tax Foundation」が9月4日に公開したレポート「One Big Beautiful Bill Act’s Corporate Tax Changes Benefit US Manufacturing the Most(「ワン・ビッグ・ビューティフル・ビル法案の法人税改正によって最も利益を受けるのは米国製造業」)を参考に以下に述べていく。

OBBBAの主な狙いの一つは、米国において有形生産のための国内投資を促進することである。設備投資などの対象資産について、投資後すぐに一定割合を即時償却できる「ボーナス減価償却」制度が恒久化することが明記された。対象となる資産を2025年1月19日以降取得、サービスインしたものについて100%即時償却が可能となる。この改正により、企業の設備投資、減価償却戦略には大きな自由度とインセンティブが生まれた。

【図表4】OBBBAによる業界別主要法人税引当金の影響(2025年から2035年)
出所:Tax Foundationのデータより筆者作成

この税制変更は、米国に設備投資を行う多くの企業の税負担を軽減することが期待されるが、減税の規模は企業の業種や関連事業によって異なる。Tax Foundationの試算によると、2025年から2035年の予算期間において、製造業、情報産業、金融・保険・経営管理セクターの税負担が名目ベースで最も大きく軽減される見込みだ。10年間における税負担軽減額9472億ドルのうち、4226億ドルは製造業、1360億ドルは情報産業の企業に還元されると試算されている。

2025年の設備投資計画についてTSMCは、過去最高の400億~420億ドル(約6兆~6兆3000億円)とし、従来の380億~420億ドルから下限を引き上げた。最大で前年比4割増となる。

前述の日本経済新聞の記事(TSMC、25年12月期売上高を上方修正 「AIメガトレンドに確信」)によると、AIデータセンターの投資動向は供給網の上流に位置するTSMCから見えづらい面もあるとみられるが、魏CEOによると「(AIサービス大手など)顧客の顧客」とも密接に連携して市場見通しや投資計画を精緻にしているという。

【図表5】TSMCの設備投資額の推移
出所:決算資料より筆者作成

過剰投資が先行する可能性も、意識しておきたい懸念点とは?

OBBBA法案によって米国の製造拠点や設備投資に対する税制優遇が恒久化されたことで、TSMCのアリゾナ工場をはじめとする海外、特に米国における生産体制の経済合理性は格段に高まったと言える。100%即時償却の適用によるキャッシュフロー改善効果は莫大であり、TSMCの財務基盤をさらに強固なものにするだろう。

一方で、税制によって過剰な投資が先行する可能性もある。AIのデータセンターへの需要が一時的に過熱している中、もし主要顧客である米国のクラウド大手やOpenAIが投資ペースを鈍化させれば、TSMCの稼働率と利益率は揺らぐことも想定される。AI市場が期待通りのペースで拡大しなければ、OBBBAの恩恵を最大化しても、投資過多が重荷に転じるリスクは避けられない。大胆な税制の改正が市場を歪めているかもしれないという現状も念頭に入れておきたい。

石原順の注目5銘柄

TSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)[TSM]
出所:トレードステーション
エヌビディア[NVDA]
出所:トレードステーション
マイクロソフト[MSFT]
出所:トレードステーション
アマゾン・ドットコム[AMZN]
出所:トレードステーション
メタ・プラットフォームズ[META]
出所:トレードステーション