株主提案、取締役会の「実効性」テーマに
日本では6月の株主総会シーズンの本格化を前に、ESGに関する株主提案が出揃った。大手金融機関や総合商社に対し、監査役によるリスク監督の透明性を高めるよう求める株主提案が提出されている。オーストラリアを拠点とするマーケット・フォースらが三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)、三井住友フィナンシャルグループ(8316)、みずほフィナンシャルグループ(8411)のメガバンク3行と総合商社3社を含む7社に対し、気候変動とガバナンスに関する株主提案を提出している。
上記全7社に対して提出されたのは、監査報告書に財務リスク評価の明記を求める趣旨の議案だ。提案主のマーケット・フォースは当該企業の監査役会の監査報告書において、財務リスクに関する評価とその根拠を明示するよう定款への規定を求めている。企業が特定した重要課題(マテリアリティ)に関連する財務リスクに対し、リスク管理の妥当性や監査体制の評価枠組みなどを開示することで、株主による取締役会の監督機能への評価を可能にする狙いがあるという。
マーケット・フォースの布川氏は「当該企業には2024年、社員による不祥事が発生した企業や海外で提案先企業が進めるプロジェクトで深刻な人権侵害が報道された事例もある」と話す。現行の監査体制の有効性に懸念があり、さらなる情報開示を求めたい」と指摘。「監査結果の根拠や基準に関する情報が乏しい現状では、説明責任を果たしているとは言えない」として、気候変動対策に軸を置きながらも企業のガバナンス改善、とりわけ取締役会の実効性に焦点を当てていることを強調している。
そのほか、総合商社3社と中部電力(9502)に対しては1.5度シナリオ(気温上昇を約1.5℃に抑えるためには、2030年までに2010年比で世界全体のCO2排出量を約45%削減することが必要なため、それに対応するためのシナリオのこと)およびオーバーシュートシナリオ(現行政策下の温暖化)における、移行リスクおよび物理的リスクに基づいた財務的影響の定量的評価を開示する趣旨の議案を提出している。将来的な資本支出への影響も含めて開示することで、「企業の長期的な成長戦略」に気候変動への取り組みがいかに組み込まれていくかを明らかにし、同時に投資家のリスク判断を支援し、企業との建設的対話を促進する意図があるという。
布川氏は提案理由として「MSCIによる分析で提案先企業3社の現在の事業方針が2.6℃~3.6℃シナリオ相当のレンジに位置しており(パリ協定で定められた)1.5度目標との整合性に課題がある」と説明する。一方で、金融機関3社には顧客の気候変動移行計画の評価に関する情報開示を求める議案を提出している。
これらの議案について法的拘束力のない勧告的決議での議案を提出したものの、企業から断られたことで定款変更議案の提出に至ったという。
ダイヤモンドの調達、投資家の関心事項に
宝飾品を手掛けるツツミ(7937)は、英国を拠点とするアクティビスト投資家のナナホシマネジメントから、「ダイヤモンドの調達方針に関する定款変更」を求める株主提案を含む複数の株主提案を受けている。提案は、同社のダイヤモンド供給におけるトレーサビリティ確保や環境・人権リスクへの対応状況を有価証券報告書の中で明示することを求めている。
提案では、原産地の把握や流通経路の追跡体制、労働環境・環境保全への配慮を含む調達ポリシーの策定と、その年度ごとの実施状況の開示を定款に明記するよう求めている。責任ある鉱物調達への関心が世界的に高まる中、株主側は「株主資本コストの低減を通じた株主価値の向上に加えて、海外の潜在的顧客からの信頼を高め、ジュエリービジネスの継続性と優位性を強化することにもつながる」と主張。業界団体であるジュエリー協議会(RJC)への加盟も提案している。
特に欧米市場では「エシカルジュエリー」への関心が高く、開示姿勢がブランドイメージ向上に寄与するという見方もあり、新たな事例として注目に値する。
株主提案を受けた企業の対応に注目
株主提案を受けた企業がどのように対応するのかを巡り、反応はさまざまだ。2024年に機関投資家や国内外の非営利団体から気候変動に関する株主提案を受けた鉄鋼最大手の日本製鉄(5401)について、研究機関のTransition Asiaが「(株主提案の提出から)1年が経ったが、現在までのところ脱炭素化への取り組みにおいて顕著な進展は見られていない」と懸念を示している。
一方、日本製鉄は、5月末に福岡・兵庫・山口の3製鉄所において、高炉プロセスから電炉プロセスへの大規模な転換を行う設備投資を正式に決定した。投資総額は8687億円に上り、同社にとって過去最大規模の脱炭素関連投資となる。政府のGX推進法に基づく補助金制度の支援対象にも採択されており、最大2514億円の公的資金が投入される見通しだ。
対象となるのは、九州製鉄所八幡地区(福岡県)、瀬戸内製鉄所広畑地区(兵庫県)、山口製鉄所(山口県)の3拠点で、合計約290万トンの年間生産能力が電炉に切り替わる。これにより、年間で約370万トンの二酸化炭素(CO2)排出削減が見込まれるという。
2024年に株主提案の共同提案主として参加したコーポレートアクションは、同社のこの動きを歓迎し、今後も投資家と連携し、日本製鉄との建設的な対話を継続することで、同社の脱炭素経営を後押しし、持続可能な社会の実現に貢献していく構えだという。
コーポレートガバナンス・コードで「20%以上の反対票が株主総会議案に投じられた場合、反対票がある背景を理解するために、企業がどのような行動をとるか、株主総会の結果発表時に説明すべき」とする英国と違い、日本では過半数に満たない相当数の株主が示した意思について、企業の意思を確認する力が働きにくいという指摘もある。株主総会はそういったことも勘案し、企業の経営陣と株主が対話を行う場であることも意識して、動向を注視したい。