関税延期の政策手法、「悪材料」が先送りされてリスク資産に回帰
米国ではメモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)を終え、夏の足音が近づいてきました。市場にも、やや季節外れの上昇気流が吹いています。先週(5月26日週)、トランプ米大統領が欧州連合(EU)への追加関税を再び「延期」したことで、投資家心理は一気に改善しました。
そのような中、先週S&P500は1.88%高、ナスダック100は2.03%上昇し、4月以降の調整ムードを脱しつつあります。また、5月全体を見ても、S&P500は6.15%、ナスダック100は9.04%の上昇を記録しました。
この「関税延期」という政策手法は、2025年に入ってすでに複数回繰り返されています。中国との関税合意においても90日間の猶予が何度か設定されており、市場はそのたびに“安堵の反発”で応えてきました。今回も同様に、悪材料が「未来へ先送り」されたことで、リスク資産への回帰が見られました。
消費者心理は回復、しかし実体経済には脆弱さが残り、政治の不確実性も
市場のリスクオン姿勢は、経済指標にも鮮明に表れました。コンファレンス・ボードが発表した5月の米消費者信頼感指数は、前月の85.7から98.0へと大きく反発し、5ヶ月ぶりの改善となりました。関税政策への警戒感が一時的に和らいだことで、消費者の支出意欲が戻りつつあることがうかがえます。
しかし、その明るい指標の裏側では、より複雑で不安定な構造が静かに進行しています。株価が上昇しているとはいえ、企業業績や実体経済の回復基調には未だ脆弱さが残ります。さらに、関税、減税、歳出法案といった政治的テーマをめぐる不確実性が、再びワシントンD.C.を中心に市場心理を揺さぶり始めています。
関税、「延期」の先にある再発動リスク
7月9日にはEU向け関税、8月12日には中国向けの関税猶予が終了予定です。市場はまたしても「トランプ氏が土壇場で引き下がる(TACOトレード)」と期待していますが、その保証はどこにもありません。
さらに先週、米国際貿易裁判所が過去のトランプ関税を「違法」と判断。市場はこれを受けて一時的に上昇しましたが、その直後、トランプ政権が控訴に動いたことで関税の法的効力は維持され、再び投資家心理は揺らぎました。6月相場は、まさに「期待」と「不安」が交錯する綱渡りの局面といえるでしょう。
FRBの次の一手は?インフレと政策の狭間で
6月17~18日にはFOMC(米連邦公開市場委員会)が開催されます。5月31日に発表されたインフレ指標であるPCEコア価格指数(4月分)は、に前年比+2.5%と落ち着きを見せており、市場では政策金利の「据え置き」が大勢の予想となっています。
5月に公開されたFOMC議事録でも、「景気後退はベースケースと同程度の確率で存在する」と記され、FRB(米連邦準備制度理事会)内部では慎重姿勢が続いている様子がうかがえます。
しかし注目すべきは、7月30日の次回FOMCです。仮に6月中に再び関税リスクが浮上し、物価上昇圧力が強まれば、FRBのトーンがタカ派寄りに変化する可能性もあります。6月のFRBは、政策転換の「予告編」となるかもしれません。
エヌビディアが市場予想を大きく上回る好決算、AIインフラ需要が加速
5月末の相場で投資家の心理を救ったもう1つの光。それが先週5月28日(水)引け後に発表されたエヌビディア[NVDA]の好決算です。2026年2~4月期(第1四半期)決算で同社は、売上高441億ドル(前年同期比69%増、前期比12%増)という驚異的な成長を記録し、市場予想を大きく上回りました。なかでも注目を集めたのは、データセンター部門の売上で、390億ドルに達し、前年同期比+73%となりました。
これは同社の生成AIインフラ需要が依然として世界的に強く、企業・政府・研究機関の間で加速度的にGPU導入が進んでいることを示しています。
一方で、中国向けのH20チップに対する米政府の輸出規制によって評価損が発生し、在庫調整の影響を受けた点も決算に含まれていました。約45億ドル規模の在庫評価損はネガティブ材料に見えましたが、市場はそれ以上に、同社の成長持続性と次世代「Blackwell」アーキテクチャへの移行計画に注目しました。
決算説明会において、CEOのジェンスン・フアン氏は「AIはもはや一企業の話ではなく、インフラの一部となった。電力網やインターネットと同様に、全産業に必要とされる基盤技術だ」と語り、今後数年間にわたる設備投資・成長余地への確信を強調しました。
懸念材料が浮上か?減税法案が左右する6月相場のゆくえ
今週(6月2日週)は、市場にとって新たな懸念材料が浮上しそうです。米議会が再開し、下院がトランプ米大統領の大規模な減税・歳出法案を可決したことを受けて、焦点は上院の動向に移ります。
富裕層や企業を対象とした成長促進型の減税は、11月の選挙結果を受けて市場が上昇した主因の1つでした(当時、トランプ氏の関税発言は受け流されていました)。しかし一方で、関税をめぐる混乱は債券市場の神経を逆撫でし、膨張する財政赤字への警戒感も高まっています。現行の法案がそのまま通れば、赤字をさらに拡大させるとの見方も根強い状況です。
とはいえ、仮に法案が上院で可決に向かうようであれば、S&P500は再び高値更新を狙う展開になる可能性があります。今週は、その分岐点となる1週間になりそうです。