>>>>独占インタビュー第1回目:ステロイド版レーガン時代へ?キャシー・ウッド氏が読み解くトランプ関税と米経済の未来
>>>>第2回目:テスラのEV革命とロボタクシーの行方
>>>>第3回目:テスラ VS Waymo、自動運転競争はどちらに軍配があがるか?
第4回目は、イーロン・マスク氏のビジョンとテスラ[TSLA]の未来:キャシー・ウッド氏が語る「融合するテクノロジー」の衝撃をお届けします。
政治とブランドイメージ:マスク氏の言動はテスラに悪影響を与えるのか?
岡元:イーロン・マスク氏が米国の政治と関わっていることが、テスラ[TSLA]のブランドに何らかの影響を与えていると思いますか?
ウッド氏:確かに、ある程度のダメージはあると思います。ニュースでも度々取り上げられていますし。ただ、アメリカには2つの側面があります。多くのアメリカ人は良識のある人たちです。たとえトランプ氏を好まない人であっても、公には言わなくても「それはやりすぎだ」と感じている人は多いと思います。
今、注目を集めているのはそのネガティブな報道です。そして実際に、テスラを所有していた一部の人たちが「もう乗らない」と言い始めているのも事実です。ただ、そればかりがメディアで取り上げられているだけで、見えにくい側面もあります。共和党支持層の中には「ドリル・ベイビー・ドリル(※化石燃料の増産支持)」のような考え方の人たちもいますが、民主・共和を問わず「イノベーションの最先端でありたい」「革新の1番手でありたい」という思いを持っている人は多いのです。
自動運転モビリティは、地球上で最も大きなAIプロジェクトであり、そこに魅力を感じるアメリカ人は少なくありません。アメリカの“DNA”とも言える「革新志向」が、いずれこうした攻撃的な動きに対して「待てよ、それはおかしい」と声を上げるだろうと私は思っています。
そして、低価格のテスラ車が登場し、より多くの人が実際にテスラに乗る体験ができるようになれば、逆にこうした“犯罪的な”動きに対する反動が起きてくるはずです。それが私の個人的な見方です。私には今行われていることが間違っているように思えます。そして、アメリカの多くの良識ある人々も同じように「それはおかしい」と感じているのではないでしょうか。
それから、テスラの車にはカメラが搭載されています。混乱を引き起こしている人たちの様子を記録しており、すでに何人かはその証拠をもとに訴追されています。つまり、「あのグループの一員でいたい」と思っていた人たちの中にも、「逮捕されるかもしれない」と思い直す人が出てくるかもしれません。
そうなれば、それ自体が一つの抑止力になるでしょう。最終的には、すべてが自然と整理されていくと私は信じています。革新は必ず勝つのです。特にアメリカではそうですし、多くの国においても同じことが言えると思います。
マルチタスク経営への懸念:マスク氏の集中力は保たれているのか?
テスラに対する短期的な懸念は?
岡元:テスラに対する長期的な見通しを伺う前に、短期的な懸念についてお聞きしたいと思います。テスラの株主の立場からすれば、イーロン・マスク氏が多数のプロジェクトを抱えていることで、テスラに十分な集中ができていないのではないかという疑問が生じるのは自然なことです。マスク氏は現在、テスラだけでなく、X(旧Twitter)、スペースX、ニューラリンク、ボーリング・カンパニーなど、複数の企業を同時に率いており、まさに“綱渡り”のような状態に見えます。
さらに、最近ではマスク氏が政治にも関与するようになってきています。もちろん、彼はこれまでも数々の大きな課題に立ち向かい、複数の企業を横断的に活用して新しいアイデアを生み出してきた人物として知られています。しかし、それでもなお疑問が残ります。テスラが今後も成長し続けるために必要な「十分な注意と時間」を、果たして彼は今後も注ぎ続けることができるのでしょうか?その点について、不安を感じませんか?
ウッド氏:確かに、彼が関わる企業は次々と増えており、それについての懸念は以前からずっと指摘されてきました。しかし、私たちは彼の働き方をよく知っています。テスラで行われているのは、「ファースト・プリンシプル(第一原理)」に基づく研究です。過去に誰かがやってきたことには頼らず、物理学に立脚し、可能性を突き詰めていく手法です。
野心的なタイムラインを設定
彼はそこに対して明確な、しかも非常に野心的なタイムラインを設定します。たとえばモデル3の量産に関しても、そうでした。そして、そのスケジュールが予定通り進んでいる限りは、ある程度“ハンズオフ”になります。しかし一度スケジュールが狂えば、彼は工場の床で寝泊まりをしながら、障害の突破に全神経を注ぐのです。
これは自動運転開発にも同様に当てはまります。彼はすでにEV(電気自動車)の製造にはほとんど関与していません。今の彼の最大の関心は「自動運転」にあります。自動運転には2つの領域があります。ひとつは自律走行機能(Autopilot)、もうひとつは完全自動運転によるロボタクシーです。いずれも、当初のタイムラインにはまだ到達していません。そのため彼は現在、毎週深く入り込んだミーティングを開き、技術的な壁を突破するための指揮を執っています。そして実際に進展も見られます。
ロボティクス・電動化・AIという3つの技術が融合
ウッド氏:彼がこの分野に“取り憑かれている”と考えられますが、ただ、それ以外の会社運営については、彼が直接関わることはあまりありません。なぜなら、テスラで働きたいと願う優秀な人材たち―世界で最も難しい課題を解決したいと望む人たち―が彼のもとに集まり、彼のビジョンを信じて支えているからです。経営面では、彼は優れたリーダーたちに囲まれています。
そして今、ロボタクシーにおける自動運転は、ついに「実現目前」という段階まで来ています。彼はすでに次のステップ、つまり「人型ロボット(ヒューマノイド)」の開発に目を向けています。現時点ではまだ初期段階で、彼自身が深く関与しているわけではありません。
ただし重要なのは、ヒューマノイドもまた、自動運転と同様の3つの中核技術―AI、センサー、ロボティクス―の融合によって成り立つということです。ヒューマノイドも自動運転車もすべて「ロボット」です。エネルギーは蓄電によってまかない、動力は電気。頭脳にはAIが使われます。
つまり、ロボティクス・電動化・AIという3つの技術が、すべてに共通して融合しているのです。この融合の本質を、イーロン・マスク氏ほど深く理解している人物はいないでしょう。そして今、彼とそのチームは、ヒューマノイドロボット分野にも急速に動き出しています。
テスラを超えて広がるビジョン:企業群の連携がもたらす未来 ロボティクス×AI×エネルギーすべてはつながっている
マスク氏の創業の目的:人類にとって極めて難しい課題を解決し、未来の方向性を変える
ウッド氏:注目すべきは、ここ最近の動きです。マスク氏は突如として、彼の保有する2つの企業―「X(旧Twitter)」と「xAI」―を統合すると発表しました。これは関係者にとっても完全に予想外の出来事でした。実際、私たちのベンチャーファンドでもXとxAIの両方に出資していましたが、新たな投資ラウンドかと思っていたところ、統合された新会社への持分比例の取得になるという発表がなされたのです。この動きは、単なる企業再編ではなく、より大きな構想の始まりなのかもしれません。
では、なぜ彼はこれほど多くの会社を立ち上げてきたのでしょうか?その答えは明確です。人類にとって極めて難しい課題を解決し、未来の方向性を変えるためです。テスラの場合、創業の目的は「環境破壊から人類を救うこと」でした。現在、それぞれの企業は異なる種類のデータを生み出しています。ロボティクス、蓄電、AI、そしてブロックチェーン技術やマルチオミクス(ゲノム・プロテオームなどの統合的生命情報)といった先端分野が交差しようとしています。
独自性の高いデータが加わるほど、大規模言語モデル(LLM)はより強力になる
たとえばニューラリンク。これは人間の脳から継続的にデータを取得しています。AIにおける「ニューラルネットワーク」は、まさに人間の脳の仕組みを模倣した構造です。つまり、すべての技術・情報・企業が一点に向かって収束しているのです。そしてイーロン・マスク氏は、それらすべてを見据えた「壮大なマスタープラン」を描いているのだと思います。
彼はスペースXからもデータを取得しています。そのデータは他の誰も持っていません。ニューラリンクのデータもそうです。他社では一切アクセスできません。X(旧Twitter)も、データを独自に持っています。テスラももちろん同様です。そしてボーリング・カンパニー―地下交通の技術は、むしろ地球よりも火星での活用の方が現実的かもしれません。もしかすると、彼が目指しているのは火星そのものなのかもしれません。いずれにしても、そこには壮大な計画(グランドプラン)が存在していると感じます。
独自性の高いデータが加わるほど、大規模言語モデル(LLM)はより強力になるということを私たちはこの数年で学んできました。特に、全く異なる領域(直交的データソース)から得られるデータが統合されると、驚くほどの精度や柔軟性が実現されるのです。たとえば、ニューラリンクが取得する「脳のデータ」と、xAIの言語モデルが持つ「言語の構造」。これらは一見まったく関係がないように見えますが、実際には深い関連がある可能性があります。この一連の取り組みは、イーロン・マスク氏が、テクノロジーの融合を前提とした最初の本格的ビジョナリーCEOであることの証拠とも言えるでしょう。
私たちは、世界を形作る5つの主要な技術プラットフォーム(マルチオミクス・シーケンス、ロボット工学、エネルギー貯蔵、ブロックチェーン技術、AI)があり、それぞれが15のテクノロジー領域にまたがって進化しながら、互いに融合しつつあると考えています。マスク氏はまさにその構造を理解している人物です。私たちの「ビッグアイデア・マップ」では、これらの技術のつながりが可視化されています。1年前と比べると、技術同士をつなぐ線が太くなってきているのが分かります。特にAIは、他のすべての技術に対して波及的な影響を強めています。
例えば、ブロックチェーン技術。AIエージェントが我々のために業務をこなす時代になると、そのAIに「報酬(支払い)」をする必要が生まれます。ときには「マイクロペイメント(極小額決済)」という形になるでしょう。こうした用途において、ブロックチェーンは非常に適した技術です。実際、イーロン・マスク氏はTwitter(現X)を買収した際、「スーパーアプリ」を構想していると語っていました。
今では「X(旧Twitter)」が、その中核にあります。マスク氏は当初から「スーパーアプリ」を構想していたようです。このスーパーアプリとは、単なる決済機能にとどまらず、銀行業務全般、コマース、そしてAIエージェント同士による自律的な取引能力までも内包するものだと私は考えています。つまり、彼の頭の中にはいくつもの壮大なビジョンがあるということです。そしてそれらの実現は、彼自身がどれだけ技術の進化を推し進めるか、あるいは世界全体がどれだけのスピードで技術を受け入れていくかにかかっています。
すべての技術革新で重要なのは
ここで非常に重要になるのが、「単位あたりの成長率」です。すべての技術革新は、それにかかっていると言っても過言ではありません。「ライトの法則」がありますよね。これは、ある新しい技術の累積生産量が倍増するたびに、そのコストが一定の割合で下がるというものです。たとえば、生産台数が1から2、2から4、4から8と累積で倍増するたびに、コストは特定の学習曲線に従って安定的に低下していきます。そして、技術ごとにこの“コスト低下率”は異なります。
米国の自動車メーカーが自動運転……というよりは電気自動車(EV)から距離を置き始めたとき、私たちは「これはまずい。バッテリーパックや駆動系のコストを下げるには、全体の生産台数を増やさなければならないのに」と思いました。そんな中、希望となったのが中国の存在です。「米国企業に頼らずとも、中国が台数を伸ばしてくれる」と考えるようになりました。
実際、ここ数年の生産台数の伸びを主導しているのは中国です。特にBYD(比亜迪)が大きく貢献しています。この点で重要なのは、「これはテスラ1社だけの話ではない」ということです。私たちは「Big Ideas」レポートの中で、「理論的には、米国市場においてテスラ1社だけでもEVコストを下げられるかもしれないが、現実的には非常に困難だ」と指摘しました。ところが今では、中国勢の台頭により、「生産量の累積倍増=コスト低下」がより現実的なスピードで進んでいるのです。
次回は、【5】ロボット産業の進化で製造業・家庭はどう変革するかをお届けします。
※本記事は2025年4月1日に実施したインタビューを後日、翻訳編集・記事化したものです。