◆是枝裕和監督の『万引き家族』がカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したことは大きなニュースとなった。早く観たいが、映画の公開は6月8日、まだ2週間近く先だ。仕方がない、他の映画を観ようとシネマコンプレックスにふらっとサンダル履きで出かけ(僕の家は映画館の隣である)その場の気分に任せて選んだシアターに入る。この休みに観たのは『ラプラスの魔女』という作品だ。東野圭吾のベストセラー小説を三池崇史監督が映画化。櫻井翔、広瀬すず、福士蒼汰といった人気若手俳優が共演するミステリーだ。

◆作品のタイトルになっている「ラプラスの魔女」だが、本来は「ラプラスの悪魔」である。19世紀、フランスの天才物理・数学者、ピエール=シモン・ラプラスは、「もしもある瞬間におけるすべての物質の力学的状態とエネルギーを知り、計算できるような知性が存在すれば、その知性には未来も見えているはずだ」と述べた。簡単に言えば、すべての物事は決まっていて今が分かれば将来も分かるという決定論的な発想である。ラプラス自身はただ「知性」と言ったに過ぎないが、その後広まっていくうちに「ラプラスの悪魔」という呼び名が定着した。その悪魔は未来が見えるのだから、これから起こることを正確に予知できる。映画では広瀬すずが予知能力のある女性を演じる。だから「悪魔」ではなく「魔女」である。

◆投資をおこなうものなら誰でも未来を予知できる能力を望むだろう。しかし、それは望んでも決して手に入らない。なぜなら「ラプラスの悪魔」は存在しないのだから。20世紀に入り量子力学が登場すると、「ある瞬間におけるすべての物質の力学的状態とエネルギーを知る」ということはできない、ということが明らかにされ、「ラプラスの悪魔」の仮定が否定されてしまった。量子力学によれば、光の粒子も含めすべての物質は波のように揺らいでおり、確率論的にしか記述できないのである。これは株価も同じではないか。その軌道を捉えることは不可能で確率論的にしか表現できないと僕は2012年に書いたストラテジーレポート「光と波」で述べた。

◆それにもかかわらず、投資の世界では相も変わらず、「未来予想ゲーム」が行われている。「今が分かれば将来も分かる」という最もシンプルな仮定においてさえ、「今」を知ることは不可能である。「今」この瞬間を「見た」つもりでも株価はミリ・セカンド(千分の1秒)の速さで動く。「今」と思った瞬間に「過去」のものになる。そして「過去」は「未来」を語らない。過去を分析するテクニカル分析では市場に勝てないというのは市場効率仮説のもっとも弱い(=真に近い)仮説であり、ほとんどの研究者から支持されている。え?相場は2か月サイクルで動いているから、そろそろ調整局面入りだというレポートを読んだって?そんなことを言っていると「ラプラスの悪魔」に笑われるに違いない。「悪魔」は嫌だが、「魔女(=広瀬すず)」に笑われるなら本望である。