世界とマーケットの動きが激しいです。そんな時なので、敢えて普遍的なことを書いてみました。茶碗とビットコインについて。
多くの資産は、その物質的な性質だけで価値を持つ訳ではありません。それを取り巻く物語(ナラティブ)によって価値が生まれることがあります。私はそのような資産を「ナラティブアセット」と呼びたいです。日本語で云うと、さしづめ「物語資産」とでも云いましょうか。
茶道具はその典型です。例えば高麗茶碗は、もともとは朝鮮で日常に使われていた素朴な器に過ぎません。しかし日本の茶人たちはそこに独特の美を見い出し、「侘び」の美として尊びました。やがて茶碗には銘が与えられ、名だたる茶会で使われ、名家から名家へと受け継がれていきました。こうして茶碗には物語が積み重なり、その価値は土や釉薬そのものではなく、誰がいつどのように使ったかという物語の中に宿るようになりました。
全く異なる世界から生まれたビットコインにも、似た構造があります。ビットコインは分散ネットワーク上のコードに過ぎず、株式のようにキャッシュフローを生む訳でもありません。しかしそこには、国家から独立した通貨、数学による信頼、デジタル上の希少性という強い物語があります。世界中の人々がその物語を共有することで、その価値が成立しています。
茶道具とビットコインは、一見すると全く異なる存在です。しかしどちらも、物そのものではなく、共有された意味や物語の中に価値が蓄積されていく資産です。
価値とは、物の中にあるのではなく、人間が語り継ぐ物語の中に生まれるのかも知れませんね。
