◆来年のことを言うと鬼が笑うというが、新年早々、昨年のことを話題にするのはどうなのだろう。昨年、日本で公開された映画を振り返ると、「アナと雪の女王」という大ヒットを除き、個性的な邦画作品が多く目立った。なかでも東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ部門」で作品賞に輝いた「百円の恋」が最も鮮烈な印象を残したと思う。
◆映画の主題歌はクリープハイクの「百八円の恋」。100円の恋に8円の愛 - ひとを好きになるにも消費税がかかる、と歌うのだが、根本的なところでいくつか間違いがある。第一に消費税は「消費」、すなわち、ものを買うという取引にかかる。百歩譲って恋愛も消費であり、取引だと仮定しよう。そしてそれが消費税のかかる課税取引だとしよう。しかし、消費税を払うのは、ひとを好きになった「あなた」ではない。あなたが好きになった「相手」に消費税の納税義務がある。
◆「百円の恋」の主人公は100円ショップでアルバイトをしている。100円の品物を買った場合、8%=8円の消費税がかかると思い込みがちだが、消費税の納税義務は事業者にある。買い物客が払う8円は「消費税」そのものではない。それは納税者である100円ショップが消費税を払ってもモトがとれるように税額を転嫁した「消費税相当額」である。客はあくまで108円の商品を買ったに過ぎず、8円は対価の一部なのである。だから本当は、100円ショップは店名を108円ショップに変えるべきなのだ。
◆消費者は消費税と思って負担し、業者も仕入れ分の消費税の転嫁を当然と思って価格に上乗せする。消費税とは「消費者と業者の錯覚によって成り立っている税金」(三木義一『日本の税金』)なのである。昨年の暮れ、与党は2015年度税制改正大綱を決定した。自民党の野田毅税制調査会長は食料品などの消費税率を低く抑える軽減税率について「遅くとも秋までの制度案の決定に向けての検討を開始したい」と述べ、15年秋までに与党合意を目指す考えを示した。
◆今のところ消費税は17年4月に再度引き上げられる予定である。軽減税率を導入するとすれば実務対応の準備に1年は要するだろう。16年の早い段階にはすべての詳細に及ぶ決定が求められる。16年、17年といえば来年、再来年だが時間の猶予はあるようで実はない。前出の三木先生によれば、「消費税はシンプルというのは税率だけの話で、実際は大変複雑で、難解な税なのである」。詰めるべき課題は多い。「軽減税率は低所得者への配慮」という表層的な謳い文句に踊らされることなく、関係者による踏み込んだ議論を今から始めてもらいたい。鬼に笑われようとも、是が非でも。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆