◆女の涙は武器になる。東京都議会で塩村文夏都議にセクハラとも取れるヤジが飛んだ問題で、都議会自民党の鈴木章浩都議が発言を認め、塩村都議に謝罪した。海外メディアが取り上げるほどエスカレートしたこの騒動、そもそもは質問を終えて席に戻った塩村都議がハンカチで目元をぬぐう仕草をしたのが発端だったように思う。

◆英国初の女性首相になったマーガレット・サッチャーの自伝映画の邦題は『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』。メリル・ストリープがマーガレット・サッチャーを熱演し第84回アカデミー賞で主演女優賞を受賞した作品である。サッチャーもまた毀誉褒貶の激しい政治家のひとりだ。徹底した市場主義、自由主義を掲げ財政赤字を克服してイギリス経済を「英国病」から立ち直らせた実績は高い評価を得ている。その一方で街に失業者をあふれさせ、富裕層寄りの政策をとったことには厳しい批判がついてまわる。それに対して彼女はこう言い放った。「金持ちを貧乏にしたからって、貧乏人が金持ちになれるわけではない」 

◆当時、映画のプロモーションで来日したメリル・ストリープはサッチャーの魅力をこう語った。「首相になっても女性らしさを失わなかったこと。政治家であり、男社会で生きるわけですから、女らしさを捨てたいという誘惑はあったと思いますが、けっして捨てなかった。ハンドバックを持ち、キラキラしたブラウスを着ていました」でも、とメリルはこの点を強調した。「涙や笑顔など女の弱いところは一切見せなかった」。それが「鉄の女」と呼ばれた所以である。涙や笑顔 ‐ つまり女の武器をあえて封印したのである。

◆女の武器である涙を封印し鉄の女として振る舞うのも女の闘い方のひとつなら、涙を見せて武器とするのもひとつの闘い方である。サッチャー語録に「言ってほしいことがあれば男に頼みなさい。やってほしいことがあれば女に頼みなさい」というのがあるが、「産めないのか」というヤジに対して、「まずあなたが産んだらどうですか?口で言うだけでなく」と切り返していたら、さぞや痛快であったろう。

◆塩村都議にサッチャー並みの度量とユーモアのセンスがあったなら、また事態は違った展開を見せていたかもしれない。動物愛護法案を巡って英国議会が紛糾した時のことである。ヤジを飛ばす野党議員に対してサッチャーはこう言った。「お黙りなさい! これはあなた方のためになる法律なんですから」 塩村都議のプロフィールには「動物愛護派」と書かれている。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆