◆第223回「暦通り」で書いたように、人混みが嫌いな僕はゴールデンウイーク中、どこにも出かけずに家で過ごした。おかげで仕事がはかどって良かったが、面白くないのは娘である。学校の同級生が海や山や遊園地に連れて行ってもらっているのに、自分はどこにも行けない。せめて映画にでも連れて行けというので、そうすることにした。娘と一緒にディズニー映画の最新作、実写版『シンデレラ』を観た。
◆ストーリーはいまさら紹介するまでもない。特筆するべきは素晴らしい映像技術である。フェアリー・ゴッドマザーが魔法をかける瞬間はまさに息を飲む美しさ。カボチャが馬車に、ネズミが馬に、ガチョウが御者に、トカゲが従者に変わる。そしてシンデレラのぼろぼろの服が、きれいなドレスに!思わず!をつけてしまうのだ。
◆ジャネット・イエレンFRB議長が、今の米国株は割高だと指摘した。確かに過去の平均に比べるとPER(株価収益率)は高いが、歴史的な低金利を考慮すれば許容できるとの説もある。株価が高過ぎるのか、金利が低過ぎるのか。ひとつ言えるのは、今の株価を正当化するのは異例の低金利に負うところがかなりあるということだ。この先、金利が上昇すればこの水準の株価はどう映るだろう。「超低金利」という魔法が解けて、馬車に見えていた正体がカボチャであったということになりはしないか。
◆夜中の12時で魔法が解けて、馬車や馬やシンデレラの服がもとに戻っても、なぜガラスの靴だけはそのままだったのか?という謎は長く議論の的だったが、この新作映画『シンデレラ』はその答えを提示している。フェアリー・ゴッドマザーが魔法をかける場面を再現しよう。
「まって。その靴しかない?」
「どうせ見せないわ」
「おめかししても靴で台無し。早く脱いで。新しいのを出すわ。靴の魔法は得意なの」
◆つまり、靴は新たに作られたものだったのである。他の馬車やドレスは見た目だけきれいに魔法をかけてとりつくろった「紛い物」であったが、靴ははじめから本物(?)のガラスの靴を作り出したのだ。だから、12時を過ぎても、もとに戻るものがなかったわけである。
◆株も同じである。確かに「超低金利」という魔法で目が眩まされているところがあるのは否めない。しかし、もともとがすべて「紛い物」ではないのである。株価には企業価値が反映されている。それは企業自身が造り出してきた「本物」である。世界一の経済大国、アメリカの上場企業がみな、カボチャやネズミやトカゲであるはずがないのである。但し、もうひとつ問題がある。何もないところから魔法で本物のガラスの靴を作り出したように、企業価値もまた、「魔法」で作り出すことができるかもしれない点である。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆