前回の記事では認知症発症による資産凍結に対する事前対策についてご説明しましたが、対策を立てるにも家族間の意識差があるとなかなか話し合いが進まないのではないかと思います。また、もしものケースを想像できても、具体的な対策が思いつかず、先送りしがちではないでしょうか。

そこで今回は筆者が受けた相談事例から、解決策を探ってみたいと思います。

相談事例にみる親子の意識差の解消法

株式などで投資を楽しむ高齢者の方々が多くいらっしゃいます。そんな中、子ども世代から「(親の)物忘れがひどくなったら、大きな損失を出すのではないか」「(親が)突然脳梗塞などで倒れて、認知症になり、投資商品の売却ができなくなるのでないか」と心配する声も聞かれます。

【Aさん(50代、女性)からのご相談事例】

80代前半の母に株式投資をいかにしてやめさせるべきか悩んでいます。母は、毎年の株式の配当でちょっとした旅行を楽しんでいます。それ自体は良いことなのですが、最近、母の物忘れがひどくなったので心配です。株式投資をやめるように言うと、「私の楽しみを奪う気?」と怒り、聞く耳を持ってくれません。どのように対処したら良いでしょうか。

筆者からのアドバイス

物忘れと認知症はそもそも異なります。物忘れがひどくなったからといって「投資脳」が衰えてきているとは限りません。子どもといえども親の楽しみを奪ってよいはずもありません。ですが、Aさんの気持ちもよくわかります。

そこで、以下の点をアドバイスしたいと思います。

・「投資をやめてほしい」と思う理由を明確に伝えましょう。
子どもとして「投資をやめてほしい」と言うのは、事故や病気などで認知症になってしまったら、投資のお金がすべて引き出せなくなることを心配してのことでしょう。決して親の楽しみを奪おうとしているわけではないことを理解してもらうと良いでしょう。

・投資を続けられる範囲を話し合いましょう。
Aさんのご相談内容から、物忘れがひどいからリスクを減らしてほしいというお気持ちがうかがえます。それであれば、全ての投資活動をやめる必要はないでしょう。配当が楽しめる銘柄だけを残して、投資額は半分以下にするなど、継続できる投資の範囲についてできるだけ具体的に話し合いましょう。

・親の資産を親のために使いたいことを伝えましょう。
前回の記事でお伝えした通り、認知症や脳の病気などで将来的に資産凍結される可能性に備えた方が良いでしょう。そのため、これまで運用してきた資産をいざという時に本人のために使えるようにしておいてほしい、と伝えておきましょう。また、残す運用商品については、本人が認知症になった時に家族が代理人として、売却や解約、引き出しできるように手続しておくことも一緒に検討できるとさらに安心です。

上記をご提案したところ、Aさんはお母様と話し合い、お母様は投資額を1/3に減らしたそうです。その上で、残った運用商品を親子が安心して投資し続けられるよう、代理人の届けをするために一緒に証券会社に話を聞きに行ったそうです。

高齢の親がいつまでも株式の売買をしていると子ども世代にとって、とても心配でしょう。そのため、少しでも物忘れの兆候があれば、無理やり投資をやめさせてしまうケースも多くあるようです。しかし、それによって、親御さんがストレスを抱えてしまい、老人性の鬱になったという話もよく聞きします。

これは投資に限った話ではないですが、心配だからと言って、親の楽しみを一度に全部やめさせるのではなく、親子で納得のいく形を模索するための対話をしてみてはいかがでしょうか。将来のために必要な手間だと思って、しっかりと時間をかけるべきだと思います。

不動産の認知症対策とは

では、不動産の認知症対策はどのようにお考えでしょうか。私は、事前に家族間で信託財産についての使い道を決めておくことができる「家族信託」が有効だと思います。

私もこの数年で数十件の信託契約のコンサルティングをしていますが、多くの方から「あの時、信託契約をしておいてよかった」という声をお聞きします。そのうちの1つ、3年前に家族信託のご相談を受けた事例をご紹介します。

【Bさん(50代、男性)からのご相談事例】

アパートを所有している父(83歳)がいます。家族は私と母(79歳)と妹(45歳)の4人。私も妹もそれぞれ独立して家族がいます。最近、父の物忘れが多くなり、アパート経営の体力もなくなり、確定申告もできなくなりました。今後のアパート経営や財産管理について親子で話し合いを続けています。しかし、良い解決策が見つかりません。

筆者からのアドバイス

上記のご相談を受けて、私から家族信託を提案したところ、ぜひ家族信託の契約を交わしておきたいとのことで、組成することになりました。

●父親が委託者で、受益者。
●Bさんが受託者。
●妹さんには、受益者代理人(受益者である父親が認知症になった時に代わりに判断を下す人)に就任してもらいました。

このように設定した家族信託ですが、3年たった現在、Bさんのお父様は車いす生活となっていました。信託設計後に脳梗塞で倒れられたそうで、一命はとりとめたものの身体と言語に麻痺が残ってしまったとのことです。また認知症も発症されたそうです。

Bさんは私に会うたびに、「あの時に相談して良かったです。家族信託の提案をしてもらっていなかったら、成年後見制度に頼らざるを得なくて、父親のリハビリもろくにできなかったかもしれません。家族信託の契約をしておいて本当に良かったです」とおっしゃっています。

もしものことがいつ現実になるかは誰にもわかりません。上記のご相談の事例ではわずか3年の間に現実となりました。少しでも気になる兆候が見られれば、対策をとることをお勧めします。

認知症を患っている方が年々増えている中、認知症の発症率が急伸する75歳以降になっても、財産の認知症対策を先送りにしている方が多いです。どこか他人事、なのではないでしょうか。元気な自分が認知症になるわけないと思われているのかもしれません。そのお気持ちも理解できますが、現実問題として困るのは認知症になったら、資産凍結されてしまうことです。その時に考えるのでは「時すでに遅し」なのです。

ご自身も含めて、家族が経済的に困る事態を念頭において、事前対策に取り組みましょう。