米新政権、難題を抱えての船出

第46代米国大統領にジョー・バイデン氏が就任した。同氏は就任式直後から脱トランプ政権を前面に打ち出すべく、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」への復帰や「世界保健機関(WHO)」からの脱退撤回、環境保護と新型コロナウイルス対策の強化など、多数の大統領令に署名したことが報じられている。

コロナ禍における難題を抱えつつの船出は、さぞ前途多難であろうと同情さえ覚えてしまうところであるが、ベテラン政治家の手腕を発揮できるのだろうか。バイデン米政権の顔ぶれや政策をまとめたNHKのサイトによると、バイデン大統領が経済・貿易の分野で取り組むべき課題は、新型コロナウイルスの感染防止策を徹底しながら、どのように経済を立て直し、国民生活を改善させていくのかという点であることが指摘されている。同サイトによると、バイデン大統領の環境政策について「任期の4年間において電気自動車(EV)や再生可能エネルギーの普及に向けた施策に2兆ドル、日本円で200兆円規模の巨額の投資を行い、新たな雇用を創出する」とされている。

そこで今回はこのEV市場について取り上げたい。

環境政策を担うのは若手ホープ、ブティジェッジ氏

バイデン政権においてEV政策を取り仕切ることになるのが、運輸長官に指名されたピート・ブティジェッジ氏だ。クリーンエネルギー関連株やEV関連株はすでにバイデン政権発足以前よりブームに沸き上がっている。今後、運輸長官はEV開発を加速させる幅広いインフラ法案を担当する他、燃料基準などの規制が強化される可能性もあり、マーケットに大きな影響を及ぼす重要ポストである。

ブティジェッジ氏は大統領就任式の翌日(1月21日)、米上院委員会の公聴会に出席し、自己紹介で「私は米政権で2番目の鉄道ファンだ」と述べた。1番目の鉄道ファンは上院議員時代に全米鉄道旅客公社(アムトラック)に乗って通勤し、「アムトラック・ジョー」の愛称で知られるバイデン大統領であることを含んだものだ。

ブティジェッジ氏は、中西部インディアナ州サウスベンドの市長を務めていた時代、工場跡地に企業を誘致するなどして同市経済の立て直しに成功したと評価されている民主党若手ホープである。また、住宅供給を拡大する政策や歩行者にとって安全な道路の整備に尽力するなど、その優れた都市計画は運輸省を含め、多くの機関から賞を授与された実績も持っている。

政権交代で脱ガソリン車の流れが全米規模に

以前の記事でも触れた通り、2020年9月に米カリフォルニア州のニューサム知事が、2035年までに州内におけるガソリン車やガソリントラックの販売を停止すると発表した。今後、カリフォルニア州内で販売される新車については排ガスを出さない「ゼロエミッション車」にするよう義務づけ、これにより温室効果ガスの排出を35%減らすとしている。

約4000万の人口を抱えるカリフォルニア州は、米国内でも特に環境に対する意識が高い州であり、2年前には州内で使われるエネルギーについて、2045年までにクリーンで再生可能なエネルギーにするという法案を州議会で可決している。ガソリンの車やトラックは、カリフォルニア州における温室効果ガスの半分以上を占めているとされており、この目標を達成するための最大の障害とされてきた。

カリフォルニア州の大胆かつ野心的な立場は、トランプ前政権下の2020年時点では国と一線を画す動きであった。しかし、民主党政権の誕生により、全米における大きな流れとして、脱ガソリン車の流れを一気に進展させることになりそうだ。

EVは本当に環境に優しいと言えるか?

2021年は自動車の排ガス規制に関して、世界的に大きな転換点となるだろう。その理由として、欧州連合(EU)が自動車各社に対して大幅な二酸化炭素(CO2)排出削減を求める新規制を本格導入することが挙げられる。また、英国はガソリン車やディーゼル車の新規販売を2035年に禁止すると表明したほか、フランスも2040年までに同様の規制を設ける方針である。さらに、中国は2035年に新車販売のすべてをEVなどの新エネルギー車(NEV)やハイブリッド車(HV)にする方針を明らかにしている。

各国が競って自動車の排ガス規制に乗り出す一方、果たしてEVは本当に環境に優しい車と言えるのだろうか。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、2010年に大気中に放出されたCO2のうち、14%が輸送車両によって放出されたものと指摘されている。一方、自動車の製造や路面の摩耗などによるCO2の影響を考慮すると、全体の7割が自動車によるものだとされている。

このため気候変動と戦うために自動車を標的にするのは一見よい解決策であるように思われる。しかし、「EVがゼロエミッションであるか」とたずねられると、答えは「ノー」である。必ずしもゼロエミッションとは言い切れない。例えば、車の充電に使われる電気が太陽光パネルや風力タービン、さらには原子力や水力発電などのクリーンエネルギーで作られているなら話は別であるが、化石燃料から作られている場合、発電の段階で大量のCO2が放出される。

また、電池の製造過程における環境負荷も意外とかかる。EVバッテリーには、ニッケルやコバルトなどの重要な原材料がいくつか含まれているが、これらは地下から採掘しなければならない。このような原材料を採掘する過程で多くの排出物が発生する。またバッテリーは、電力が化石燃料で供給されている国で製造されるケースが多い。バッテリーの製造組立工程で使用される電力を考えると、「CO2の排出量を増加させている」という見方もできる。

しかし一方で、「EVはCO2の排出量を減らすのではなく、むしろ増やしているのではないか」という説を払拭する研究結果もある。ニューズウィークの記事「『電気自動車は本当に環境にやさしいのか』との懐疑論があったが・・・」(2020年4月9日付)の中で、蘭ラドバウド大学らの研究チームが2020年3月、学術雑誌「ネイチャー・サステナビリティ」に発表した論文の内容について書かれている。

同記事によると、「研究チームでは、欧州、米国、中国など、世界59の国と地域で、様々な車種を対象に、自動車の製造から使用、解体までのライフサイクル全体で環境負荷を定量的に評価する「ライフサイクルアセスメント」を実施し、電気自動車とガソリン車の温室効果ガスの排出量を比較した。その結果、世界全体の道路交通の95%を網羅する53カ国において、電気自動車のほうがガソリン車よりも温室効果ガスの排出量が少ないことがわかった。スウェーデンやフランスなど、再生可能エネルギーや原子力発電で多くの電力をまかなっている国では、電気自動車のライフサイクル全体での平均排出量はガソリン車よりも70%少なく、英国でも30%程度低かった」とのことだ。

さらに同記事は、「今後、世界各国において再生可能エネルギーへの転換が進めば、電気自動車の環境負荷はさらに低下すると考えられる。研究チームは、2050年までに、公道で走行する2台に1台は電気自動車になるだろうと予測している。これによって、世界全体で、ロシアの年間CO2排出量に相当する1.5ギガトンを削減できる」としている。

電池の製造工程におけるCO2の排出量を減らし、電池の性能効率をいかに高めるかは今後の大きな課題ではあるが、生涯にわたってCO2を排出し続ける従来の自動車とは異なり、EVは走る時にはCO2を排出しないため、製造時に排出された炭素が2年以内に回収されるとの見方もある。

英LMCオートモーティブによると、2030年の世界のEV販売台数は2019年に比べて9倍の1570万台になると予測されている。EVの普及が再生可能エネルギーへの転換を含めたエネルギー政策全般を後押しするきっかけになるかもしれない。自動車産業におけるEVシフトは止められない流れとなっている。

EV戦国時代、洗礼を受けてからが本領発揮

EVの勝者と言えば、現時点では誰もがテスラ(TSLA)を挙げるであろう。2020年年初からのテスラ株の上昇率は900%を超え、時価総額は8000億ドルとトヨタ自動車の約3.5倍である。ハイテク大手アップル(AAPL)がEV市場への参入を目指し、複数の既存自動車メーカーと提携交渉を始めたことが報じられるなど、現在、EV関連は株式市場で熱いテーマとなっている。

アップルはかねてよりモビリティ分野への進出に意欲があるとみられており、アップルによるEVへの参入観測報道はこれまでにも度々出ていた。資金力とブランド力を備えるアップルがEVへ進出となれば、既存の自動車産業の秩序や常識を揺さぶることになり、業界の構図や勢力図に大きな変化をもたらすことになろう。

新たにこの分野に参入すると報じられているのはアップルだけにとどまらない。アップル製品の受託生産をしている台湾・鴻海精密工業は中国の新興EVメーカーとの提携を発表した。中国インターネット検索最大手の「百度(バイドゥ)」はボルボを買収した中国の自動車大手「吉利(ジーリー)」と戦略提携し、自動運転技術を搭載したEVの製造販売に乗り出す。各社の参入によってEV市場はまさに戦国時代となっている。

一方で、明らかにバブルの様相を呈している兆候がある。それは2020年に特別目的買収企業(SPAC)との合併によって上場することをアナウンスしたモビリティ分野の企業が24社あったことである。世界のベンチャーキャピタル(VC)やプライベートエクイティ(PE)市場の情報をカバーする米調査会社ピッチブックによると、2021年1月にSPACとの合併を発表した2社も含めた26社全体の評価額は1000億ドルを超えていると言う。

ニコラ(NKLA)、自動運転技術において目の役割を果たすセンサーであるライダー開発を手がけるベロダイン・ライダー(VLDR)やルミナー・テクノロジーズ(LAZR)、フォルクスワーゲンやビル・ゲイツ氏が支援するバッテリー企業のクアンタムスケープ(QS)など、モビリティ分野の多くがSPAC経由の上場を果たしている。

ピッチブックは、「最近のモビリティ分野におけるSPAC経由の上場の多さは、投資家の注目度の高さを反映している」と指摘している。一方、SPAC上場は、従来のIPOと比較して審査が甘い傾向があるため、収益が出ていない企業もむろん多い。しかし、このようなモビリティセクターの新興企業が、より多くの資本を調達できる場が提供されていることは、今後の米国のモビリティ分野における優位性を獲得するために必要な投資と言えるであろう。

現在、このようにサプライヤーと資金が溢れたバブル状態になっていることから、今後どこかのタイミングで市場の洗礼を受けることになると考えられる。その洗礼を通過してから、本当に必要な企業、技術が生き残り、本格的な実用的かつ着実な成長が期待できる市場が改めて作られることになるだろう。

なお、実際に自動車を量産する技術を持っているゼネラルモーターズ(GM)など既存の自動車メーカーが自社のこれまでのブランドを捨ててOEM製造に取り組むなどの大幅な方向転換ができるとしたら、EV市場の成長をさらに加速させる強力なドライバーとなろう。

石原順の注目5銘柄

テスラ(ティッカー:TSLA)
出所:トレードステーション
アップル(ティッカー:AAPL)
出所:トレードステーション
ゼネラルモーターズ(ティッカー:GM)
出所:トレードステーション
ルミナー・テクノロジーズ(ティッカー:LAZR)
出所:トレードステーション
クアンタムスケープ(ティッカー:QS)
出所:トレードステーション