1990年代の米国株市場、カジノ株のIPOラッシュ

1990年代の半ば、私がソロモンブラザーズ証券のニューヨーク本社に勤務していた時のことです。当時の米国株市場ではカジノ株のIPOラッシュがありました。今までのラスベガスやアトランティックシティーだけでなく、全米様々な地域でカジノが合法化されることになったのがきっかけです。

現在米国では40の州でカジノが合法化されており、その数は1,000を超えると言われています。その中には川にカジノ船を浮かべるリバーボートカジノを専門にするといったユニークな会社もありました。

当時のソロモンブラザーズはカジノ業界株の引受業務に強い証券会社の1つでした。私も在ニューヨークの日本の機関投資家に対し、会社が引き受けてくるカジノのIPOを買ってもらうべく営業活動を行っていました。当時はカジノ業界のIPOの件数が本当に多く、次から次へと案件があり、同業他社からは案件の多さに羨ましがられるほどでした。お客様からは「オタクはまるでカジノ業界専門の証券会社みたいだね」と言われるくらい数多くのカジノ案件があったのです。そのぐらい多くのカジノが資金調達を株式市場で行っていた時代でした。

1995年、トランプ・カジノ上場

1995年のことです。IPOを行ったカジノの中に当時実業家だったトランプ大統領のカジノもありました。会社名はトランプ・ホテルズ&カジノリゾートと呼ばれ、ティッカーシンボルDJTでニューヨーク証券取引所に上場、1.4億ドルの資金調達を行いました。

ソロモンブラザーズもこのIPOの主幹事証券の一社となっており、私も自分のお客様にトランプ・カジノのIPOを営業することになっていました。当時からトランプ氏は有名なビジネスマンでしたので、私も彼の書いた本を読んでいて知っていました。

私とトランプ氏との初めての出会い

米国で株式上場が行われる際には、引き受け証券が発行体のマネージメントを連れて、投資をしてくれる可能性の高い機関投資家を訪問し、投資をしてくれるよう事業のプレゼンテーションを行っていました。お昼時間には複数の機関投資家向けにランチミーティングを行います。

私もアメリカ人の上司から「お前もこのミーティングに行くように」と言われ、この日のトランプ・カジノのランチミーティングに参加することになりました。場所はニューヨーク市内のインターコンチネンタルホテルと言う高級ホテルで行われたと記憶しています。会場はホテルの大型のダイニングルームの1つで私の記憶では40~50人程度のファンドマネージャーやアナリストたちが参加していたと思います。

私は会場の前の方のテーブルに席を取りました。その席からトランプ氏がプレゼンテーションが始まる前に手持ち無沙汰にポーディアムの横に立っていたことが鮮明に記憶に残っています。主幹事証券の社員なので挨拶をすることもできたのですが、なんとなく近寄りがたい雰囲気もあり話しかける事はしませんでした。

彼が将来アメリカ合衆国大統領になるとは誰も思ってなかった訳ですが、握手でもしておけばよかったなとは思います。今思えば、彼は1.4億ドルもの資金を株式市場で調達しなければいけなかったわけですから、あの時の彼はかなりのプレッシャーを感じていたのでしょう。非常にプレゼンテーションが上手な方だという印象を持ったことはよく覚えています。

実は、私はトランプ・カジノが上場した後、自分でもこの会社の株を買ってみたのです。それぐらいトランプ氏のプレゼンテーションが当時から上手で説得力があったということです。近年、トランプ大統領の演説を聞いてトランプファンになるアメリカ人とは一体どんな人たちだろうと不思議に思っていたのですが、なんだ自分みたいな人ではないかと思った次第です(笑)。

2004年、トランプ・カジノ倒産

この話はこれでは終わりません。この上場したトランプ・カジノは、2004年に倒産してしまいました。

私の保有していたトランプ・カジノの株については、昔のことなので正確には覚えていませんが、株価が低迷する期間のどこかで売却をしたと記憶しています。

トランプ・カジノの経営状態は1995年から2004年まで悲惨な状態で、毎年赤字で合計6億ドルの赤字を出したと言われています。CNNによると、この赤字が続いた上場企業での彼の10年間の報酬の合計はなんと2000万ドル(1ドル=100円で換算すると20億円)であったと伝えられています。

このように苦い経験もあり、半分冗談ですが、それ以来私はカジノについてはカジノ株に投資をするより、カジノでブラックジャックをプレイする方が勝率が高いのではないかと思っています。

私は、トランプ氏が経営していた会社への株式投資では損がでたのですが、トランプ大統領下のアメリカの株式市場では利益を上げさせてもらったので昔の話は忘れようと思っています。

小さいですが、私の人生で個人的な接点のあったトランプ大統領、選挙までもう少し、大統領選の行方を見守りたいと思います。