日本では、政府が少なくとも5年に1度、公的年金の将来見通し(財政検証結果)を公表しています。今回は、将来見通しの見方と、2024年7月に公表された見通しを紹介します。
将来見通しの見方:幅を持って、基礎年金と厚生年金に分けて理解
公的年金の将来見通しで注目されるのは、年金財政の健全化に必要な給付水準の調整がいつまで続くかと、それによって将来の給付水準がどの程度まで目減りするかです。
「公的年金のタテ(年金財政や世代間バランス)の問題」でお伝えしたように、現在の年金制度は保険料を固定しているため、年金財政が健全化するまで給付水準の調整(実質的な目減り)を続ける仕組みになっています。調整がいつまで続くかは、人口や経済などの状況によって変わります。そこで政府には、少なくとも5年に1度、それらの変化を反映した将来見通し(財政検証結果)を作成することが義務づけられています。なお、少なくとも5年に1度なのは、人口推計の元になる国勢調査が5年に1度行われるためです。2025年の国勢調査の結果は、次回(2029年に公表予定)の将来見通しに反映されます。
将来は不確実なため、将来見通しは幅を持って理解する必要があります。政府の前提は甘いという印象をお持ちの方もおられると思いますが、2024年に公表された将来見通しでは、7通りの人口と4通りの経済の前提を組み合わせた合計28通りの見通しが示されています。前提の中には、少子化がさらに進むケースや経済がマイナス成長を続けるようなケースも含まれています。
また、基礎年金(1階部分)と厚生年金(2階部分)とに分けて理解するのが有用です。「年金制度と年金問題を、ざっくりと整理」でご紹介したように、日本の公的年金は基礎年金( 1階部分)と厚生年金(2階部分)で構成されており、給付調整の停止時期や実質的な目減りの大きさは基礎年金(1階部分)と厚生年金(2階部分)とで異なります。
政府が公表する給付水準は専業主婦世帯を仮定したもので、今の社会に合わないという指摘も聞かれます。確かに法律では、連続性を保つため、単純化した専業主婦世帯を給付水準の指標としています。しかし、基礎年金(1階部分)と厚生年金(2階部分)とに分けて理解しておけば、様々なパターンの世帯に応用できます。
2024年7月公表の将来見通し:基礎年金は1~4割の目減り
2024年に公表された見通しを大まかに整理したのが図表1です。経済が成長型に移行するケース(長期的な生産性の上昇率が過去40年間の平均と同程度で女性や高齢者の就業が進展するケース)で、かつ将来の出生率が中位(2020年の全国平均に近い水準)や低位(2020年の東京に近い水準)の場合には、厚生年金(2階部分)では給付調整が不要となり、基礎年金(1階部分)では2037~41年度に給付調整を停止できる見通しです。将来の給付水準は、2024年度と比べて、厚生年金(2階部分)は目減りせず、基礎年金(1階部分)がマイナス14~10%、段階的に目減りする見込みです(図表1の実線)。
経済について過去30年の状況を投影したケース(長期的な生産性の上昇率が過去約10年間の平均と同程度で女性や高齢者の就業が漸進するケース)で、将来の出生率が前述した中位や低位の場合には、給付調整が長引き、厚生年金(2階部分)がマイナス4~0%、基礎年金(1階部分)がマイナス37~30%まで、段階的に目減りする見込みです(図表1の点線)。

加えて、1人当たりの経済成長率がゼロ%で女性や高齢者の就業が進展しないケースでは、2056~2063年度に国民年金の積立金が枯渇する見通しが示されています。積立金が枯渇しても保険料と国庫負担を財源とすれば、2024年度と比べて、厚生年金(2階部分)が4~5割、基礎年金(1階部分)が5~6割程度目減りした水準で給付が可能、という見通しも示されています。このような傾向は、2024年に初めて分かったわけではなく、2009年に公表された将来見通しから続いています。
なお、給付削減を続ける間に目減り幅が大きくなり、給付水準の指標(夫婦の基礎年金と厚生年金の合計)が現役世代の標準年収の半額を5年以内に下回りそうな場合には、給付調整の停止や保険料の引き上げなどを検討することになっています。
将来見通しのポイント:現役時代の給与が少ないほど、将来の給付の目減りが大
この将来見通しから理解すべきポイントは、現役時代の給与が少ないほど、将来の給付水準の目減りが大きくなる点です。
図表1の通り、今後の給付水準は、厚生年金よりも基礎年金で実質的な目減りが大きくなる見込みです。これを見た方から、自営業の人は老後に基礎年金しか受け取れないから大変、という声を聞くことがありますが、問題は自営業の方にとどまりません。
「年金制度と年金問題を、ざっくりと整理」でご紹介したとおり、会社員経験者が受け取る年金は、基礎年金(1階部分)と厚生年金(2階部分)の合計です。基礎年金(1階部分)は基本的に定額ですが、厚生年金は基本的に現役時代の給与や賞与が多いほど年金額も多くなる仕組みです。そのため、現役時代の給与が少ないほど受け取れる厚生年金が少なく、年金全体に占める基礎年金の割合が大きくなります。他方で将来見通しでは、厚生年金よりも基礎年金で給付水準の実質的な目減りが大きくなる見込みです。現役時代の給与が少ない人は、割合が大きい基礎年金での目減りが大きいため、年金全体の目減りが大きくなります。

付属試算:制度改正の検討材料に加え、将来世代の男女別平均額や分布を初公表
このような状況に対応するため、現行制度の将来見通しに加えて、制度改正の検討材料となる試算も行われています。2024年の将来見通しでは、図表3で示した制度改正を行った場合が試算されました。
このうち基礎年金の拠出期間延長・給付増額については、会社員などの厚生年金加入者は現在の制度と負担が変わらない点などの理解が広がらないまま世論の反対ムードが高まり、試算の公表当日に次期改革では見送る方針が示されました。その後は、オプション試算の残る項目のほか、いわゆる年収の壁対策や遺族年金などについて、議論が進められています。
また、2024年の将来見通しでは「年金額の分布推計」が新たに公表されました。これまで公表されてきた法定のモデル年金額は、男性の平均的な給与や賞与で厚生年金に40年間加入した場合の厚生年金(2階部分)と40年間保険料を納めた場合の基礎年金(1階部分)の2人分の合計となっています。
年金財政を見るための長期的な指標としては有益ですが、男女の賃金水準の違いや今後の就業期間の変化が織り込まれていないため、個人が参考にしづらいという課題がありました。そこで、実際の加入履歴から抽出したデータと将来見通しに使っている基礎数値を組み合わせて、将来世代の男女別の平均額や分布が初めて試算されました。
公表された将来世代の年金額は、将来の名目額を物価上昇率で現在価値に換算したものです。過去30年の経済状況を投影したケース(長期的な生産性の上昇率が過去約10年間の平均と同程度で女性や高齢者の就業が漸進するケース)を見ると、男性の平均額は、冒頭でご紹介した給付水準の調整によって当面は低下しますが、将来は給付調整の影響を実質賃金の上昇や厚生年金への加入期間の進展の影響が上回って上昇します。
女性の平均額は、男性よりも厚生年金の加入期間の伸びが大きいため、当初から上昇を続けていきます。現役世代の賃金の伸びと比べた年金額の実質的な伸び率を見ても、男性の平均は将来的に1割ほど低下するのに対して、女性の平均は多くの世代でプラスになっています。

この記事は2020年8月12日に掲載された記事を元に2024年7月に公表された財政検証をもとに2024年12月2日に更新したものです。