連載第1回と前回ご紹介したように、年金問題はタテの問題(年金財政や世代間バランスの問題)とヨコの問題(世代内のバランスの問題)とに整理できます。今回は、タテの問題を説明します。
タテ問題(年金財政や世代間バランスの問題)の背景=少子化や長寿化
タテの問題とは、歴史の年表が縦に続いている様子をイメージしたものです。具体的には、過去から現在、未来へと続いていく年金財政の問題や、先輩世代と将来世代など世代間のバランスの問題です。
タテの問題の主な背景は、人口の少子化や長寿化です。図表1は、日本の人口を約100年前から約100年後まで描いたものです。約100年前に5000万人ほどだった日本の人口は、現在1億3000万人ほどです。これが少子化によって、約100年後には5000万人ほどになると推計されています。総人口は約100年前と同じ水準ですが、年齢構成(図の色分け)は大きく変わります。
総人口に占める65歳以上の割合は、前回の東京オリンピックが行われた頃の1965年には6%に過ぎませんでしたが、その25年後の1990年には12%、さらに25年後の2015年(直近の国勢調査が行われた年)には27%になっています。さらに今後は、少子化と長寿化によって4割近くにまで上昇していきます。私たちが将来の年金を受け取るためには、こういった人口の見通しの下で、年金制度を続けていく必要があります。
以前の仕組み=基本的に保険料の引き上げ
このような人口の見通しになることは、最近になって急に分かったことではありません。日本の人口は5年ごとの国勢調査で確認されており、それを元に将来の見通しが推計されています。公的年金制度は、この将来見通しに合わせて見直されてきました。
タテの問題の観点からは、これまでの年金改革を大きく3つの時期に整理できます。最初が1970年代までです。この時期は給付(受け取る年金)の水準が十分でなく、前回もご紹介したように働き方ごとに制度が分かれていましたので、ヨコのバランスも考えながら給付が拡充されました。まだ少子化や長寿化が深刻ではなかったので、国民や企業が払う保険料を段階的に引き上げて財源をまかなう計画でした。
しかし、1980年代になってくると、少子化や長寿化の影響がはっきりと分かってきました。政府は、保険料の引き上げの限界を意識して給付の調整を模索し始めましたが、なかなか進みませんでした。例えば、退職した会社員が厚生年金を受け取り始める標準的な年齢(支給開始年齢)の引き上げは、1980年に当時の厚生省が提案しましたが、経営者側も労働者側も反対したため成立しませんでした。その後、1994年と2000年の2回に分けて将来的かつ段階的な引き上げが決まりましたが、その間に少子化や長寿化は進んでいきました。
この間に支給開始年齢以外の見直しも色々と行われましたが、2004年に制度が大きく見直されました。従来は、少子化や長寿化にあわせて将来の保険料を引き上げることで、年金財政のバランスをとる形でした。2004年の改正では、将来の保険料の引き上げを打ち止めにして、その代わりに給付を調整することで年金財政のバランスをとる形へと転換されました。この形が現在も続いています。
現在の仕組み=保険料は固定し、給付を調整(マクロ経済スライドによる目減り)
2002年に公表された試算では、当時の給付水準を維持するためには、厚生年金の将来の保険料を当時の2倍近い水準(企業負担と本人負担の合計で年間給与の23.1%)にまで引き上げる必要がある、という結果になりました。そこで2004年の改正では、将来の企業や現役世代の負担を考慮して保険料の引き上げを18.3%で打ち止めにし、その財源の範囲内に収まるように給付の水準を調整していく(給付水準を実質的に目減りさせる)ことになりました。この仕組みが、「マクロ経済スライド」と呼ばれます。
給付の調整を続けていき、将来約100年間の給付費が将来約100年間の財源の範囲内に収まるようになれば、調整は停止されます。ただし、いつ調整を止められるかは、人口や経済の状況によって変わります。そこで、将来約100年間の収支が均衡するかの確認作業(財政検証)は、人口や経済の変化を反映して少なくとも5年に1度行われています。さらに、1回の確認作業でも、複数の経済や人口の前提を置いて計算されています。2019年に公表された将来見通しでは、6通りの経済と5通りの人口の前提を組み合わせた、合計30通りの見通しが示されています。
現在の仕組みの意義=年金財政の安定化と世代間不公平の改善
給付の調整は、賃金や物価の変化にあわせた毎年度の年金額の変更(改定)から、調整率を差し引く形で行われます。公的年金では、年金額の実質的な価値を維持するために、賃金や物価の変化にあわせて毎年度金額を改定する仕組みになっています。そこから調整率が差し引かれるため、年金額の実質的な価値は目減りします。
実質的な価値が目減りするのは残念ですが、現在の仕組みでは保険料の引き上げが打ち止めになっているため、年金財政の安定化には必要な仕組みです。差し引かれる調整率は、加入者の減少率と受給者世代の余命の延び率とを合計したものです。少子化によって公的年金の加入者(現役世代)が減ると、年金財政にとっては保険料の収入が減ることになります。他方、長寿化によって受給する期間が延びると、年金財政にとっては支出が増えることになります。毎年度の年金額の改定からこれらの変化分を調整することで、保険料の引き上げが打ち止めになっていても、年金財政が安定化するのです。
現在の仕組みは、世代間の不公平の改善にも役立っています。改正前の制度は、少子化や長寿化が進むと将来の保険料が引き上げられる仕組みでした。そのため、すでに年金を受け取っている人は保険料引き上げの影響を受けず、勝ち逃げのような状態になっていました。現在の制度では、すでに受給者となっている人も、毎年の年金額の改定の中で少子化や長寿化の影響分を調整されます。受給者が年金額の実質的な目減り分を負担することで、改正前の制度と比べて将来世代が楽になるのです。現在の仕組みは、少子化や長寿化の痛みを全世代で分かち合う仕組み、とも言えるでしょう。
次回は、現在の仕組みの詳細と、2021年度に実施される見直しを紹介します。