先週金曜日に発表された7月の米雇用統計は、非農業部門雇用者数が20万9000人増加し、18万人程度を見込んだ市場予想を上回る伸びとなった。6月の雇用者数も当初発表の22万2000人増から23万1000人増に上方改定された。失業率は0.1%低下し4.3%と市場予想に一致、5月につけた16年ぶりの低水準に並んだ。時間当たりの平均賃金は前月比0.09ドル増加。前月比では0.3%増となり、これまで鈍化していたトレンドがいったん止まった。ただ、前年同月比では2.5%増と増加幅は4カ月連続で変わらず、賃金上昇が加速している兆候は見られない。労働参加率は62.9%と、前月の62.8%から上昇した。総括すると、労働市場の底堅さをあらわす非常に良好な結果だったと言える。メディアはいっせいに、FRBが9月からバランスシート縮小に着手するとの見方を報じた。

この雇用統計を受けて金曜日の米国株式市場は買いが優勢となり、主要株価指数はそろって上昇した。なかでもダウ平均は9日続伸、8日連続で史上最高値を更新した。10年債利回りは一時2.29%近くまで急上昇し、外国為替市場ではドルが買われた。ドル円相場は一時111円台をつける場面もあった。

雇用統計のプレビュー(8月4日付け「グローバル・マクロ・ウォッチ」)で、「7月は、雇用に関して6月よりも強い内容の月となるだろう。雇用が大きく拡大したというよりも、市場がより健全な反応を見せるという観点で」と述べたDeepMacroの見解はずばり正解だった。そして、それには懐疑的とした僕の見解は外れた。

だが負け惜しみでなく、この市場の反応は解せない。いまさら「米国の労働市場が堅調である」というニュースが株式市場にとっての好材料になるだろうか。むしろ、雇用統計の結果を受けて、FRBが緩和縮小(市場のコンセンサスでは9月から資産縮小開始、12月追加利上げ)に動く蓋然性が高まったことは、株式市場にとってはネガティブな材料のはずである。

ダウ平均が9日続伸してきたこの間に発表された経済指標はどれも冴えないものばかりであった。ダウ平均の連騰が始まったのが7月25日だが、その翌日26日にはFOMC声明が発表された。声明では物価上昇率について「全体でも食品・エネルギーを除くコアでも低下している」と前回から判断を弱めたことからドルが全面安となった。ダウ平均の上昇が加速したのはまさにそこからだ。ダウ平均は、米国の景気指標が弱く、金利が上がらず、ドルが売られる局面を連騰してきたのだ。米国景気は弱く、FRBの利上げは超スローペース、たぶん年内の利上げはこれ以上ないかもしれない、という憶測が高まるなかダウ平均は続伸してきたのだ。業績相場というより金融相場の色彩のほうが強い。だから堅調な雇用統計は少なくとも今の株式市場にはネガティブ材料のはずである。

労働市場が強いことが好景気の反映で、好景気だから企業業績も好調で株が買われた?まったくおかしなストーリーである。雇用が堅調なのは企業業績が好調だからであって(結果)、雇用状況が良好だと企業業績が良くなる(原因)わけではない。むしろ労働市場のひっ迫は賃金上昇など業績には悪影響を与える材料だ(ただ現状はそうなっていない)。

確かに好決算を発表した銘柄が買いを集めて相場のリード役となったケースはあった。ベライゾンやボーイング、シェブロンやキャタピラーなどだ。だが逆に言えばそれだけである。ダウ平均が9日続伸してきたこの間のパフォーマンスをみるとベライゾンやボーイングの上昇が突出している。この間のダウ平均の上昇率は2.7%だが、これを上回っているのは10位のP&Gまでである。つまりダウ平均構成30銘柄のうち上位3分の1しか指数の上昇についていっていない。それだけベライゾンやボーイング、シェブロンやキャタピラーなど一部の銘柄が指数を押し上げたということである。

ベライゾンは携帯キャリア間の競争が激化する中、動画再生ユーザーからのデータ利用無制限プランへの需要が急拡大し61万件強の純増となったことが好感された。実に市場予想の10倍以上だった。ボーイングとキャタピラーは、いわばオールド・エコノミーの銘柄だ。かつ、グローバル企業、すなわちドル安の恩恵を享受する。シェブロンの上昇は原油の持ち直しが要因。すなわち、米国の景気とは関係ない要素で買われている。

世界最大の経済大国、アメリカは巨大な自国内マーケットを有する。言い換えれば「巨大な田舎」で、企業の多くは内需企業だ。グローバル企業というほうが珍しい。米国でグローバルに展開する企業は、大企業で優良企業。すなわち、ダウ平均に採用されるような銘柄である。だから、ドル安メリットを材料に買われるのはダウ平均銘柄だけである。ダウ平均が9日続伸してきた期間の他の指数のパフォーマンスをみると、S&P500は横ばい、ナスダック総合は下落している。

「米国企業の好決算を受けてダウ平均は9日続伸、8日連続で史上最高値を更新」と報じられるが、米国株式市場全体が買われているわけではない。買われているのは、ごく一部の好決算銘柄とドル安の恩恵を受ける(数少ない)グローバル企業の一部、そして原油価格の持ち直しで資源・エネルギー関連が買われているだけである。

同じようにダウ平均が9日続伸してきた期間のパフォーマンスをセクター別にみると、1位が例のベライゾン、そして同様の理由で急伸したAT&Tに牽引された通信セクター。そして2位は公益セクターだ。通信、公益のディフェンシブ・セクターがトップ2というのは、まるで不景気の象徴だが、事実、発表されている指標がいずれも弱いので整合的である。3位の金融はボルカールール見直し期待で買われた。4位エネルギーは前述の通り。すなわち、ここ最近のダウ平均の上昇は、米国経済の強さを反映したものではまったくないということである。

決算発表など個別の材料でにぎわう銘柄があっても局地戦で相場全体に広がらない。買われるのはごく一部の銘柄で、その反対に乗り換えで売られる銘柄があるから相場全体があがらない。新規のマネーフローがないということだ。それは、そっくり日本株相場の状況でもある。さきほどの指数のグラフにTOPIXを追加するとこうなる。

つまりダウ平均だけが例外的な動きをしているだけで日米とも株式相場は動きがない、というのが実相である。

相場全体の方向性が出るのは、従前から述べている通り、今月下旬のジャクソンホール以降だろうと思う。

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