昨日、日経平均は4日続落し、1カ月ぶりに2万円の大台を割り込んだ。「市場は米連邦公開市場委員会(FOMC)の結果をみて弱気になり、ギリシャ金融支援問題を懸念してリスクオフに傾いた」という解説が一般的だ。米連邦準備理事会(FRB)は17日まで開いたFOMCで金融政策の現状維持を決定したが、これは市場の想定通りでサプライズはなし。同時に公表した金融当局者の政策金利予想は、FRBが年内に利上げに踏み切った後、ゆっくりと利上げしていく道筋を示唆する内容だった。
これを受けて、FOMC前には一時124円台半ばまであったドルが一気に123円台半ばまで急落。翌日の東京時間には一時123円台を割り込むところまで円高に巻き戻った。(さらにその夜、ロンドン時間では122円半ばまで円高が進んだ。これを書いている19日朝には123円ちょうどを挟む推移となっている。)
米国の利上げペースが緩やかに ⇒ 円安シナリオの修正 ⇒ 日本株売り
という構図である。だが、それは「こじつけ」であり、利益確定売りを出すきっかけに過ぎない。そもそも為替市場でドル円相場は年初からずっと120円近辺での膠着が続いてきた。その膠着を放れ125円に向かって動き始めたのがちょうど1か月前だが、その時点で日経平均はすでに2万円の大台に乗せていた。つまり、為替が円安に進んだのを好感して買われた相場ではないのだから、ドル円が123円程度になったからといって売られるような相場でもなかろう。
次に、利上げペースが緩やかになるとの公算が強まったというが、依然として年内に利上げ開始の見通しは継続しており、日米の景況感と金融政策の隔たりを考えれば、多少円高への巻き戻しはあるとはいえ、トレンドとして円高に再転換することは考えにくい。
そして、ここが最も重要なポイントだが、米国の利上げペースが緩慢なものとなるのは、世界経済、ひいてはグローバル・リスク資産市場にとって、これ以上望めないようなベストシナリオである。と、いうのは、世界のマーケットが最も恐れるシナリオが「1937年の再来」であるからだ。
大衆週刊誌の表紙にデカデカと、「いま有力投資家たちがこぞって読んでいる、世界最大ヘッジファンドが顧客だけに配った『経済レポート』の中身」というタイトルが踊っている。なんということはない、ブリッジウォーター・アソシエーツ創業者のレイ・ダリオ氏が指摘した「1937年の悪夢の再来」のことである。1929年、米国では株式市場が大暴落した「暗黒の木曜日」が発生、世界恐慌の引き金となった。それを克服するためニューディール政策や金融緩和が行われた。そこから8年目の37年、景気回復が軌道に乗ったと判断したFRBは、信用膨張とインフレ阻止の観点から金融政策を引き締めへと転じた。ところがその引き締めが性急過ぎたのである。結果論だがFRBは利上げのタイミングを完全に読み間違い、まだ病み上がり状態だった景気は腰折れ、米国経済は不況へと逆戻りしたのである。工業生産は32%、実質国内総生産(GDP)は10%落ち込み、失業率は20%に達した。35年初めに100ドル程度だったNYダウ工業株平均は、37年3月に200ドル近くまで上昇した後、その1年後には再び100ドルを割り込む水準に急落した。
ダリオ氏の指摘は、今度のFRBの利上げがその再来となりかねないというものだ。1929年と2007年ともにバブルのピークをつけた。バブルが弾けて、31年と08年に金利がゼロになった。その後、33-36年と09-14年と株価は上昇基調を辿った。そして37年の利上げで相場は急落。今年2015年の利上げとなれば、まるで37年の再来である...というものである。
しかし、このダリオ氏の説は、今年の春に英フィナンシャル・タイムズや日経電子版など内外の有力メディアが報じている。それが3カ月経って、一般大衆向け週刊誌がやっと飛びついたというものである。
そもそも、大恐慌やそれに続く1937年の不況は既にいろいろな方面で取り上げられている。FRB自身、重々承知のことだ。ニューヨーク連銀のダドリー総裁とシカゴ連銀のエバンス総裁も政策金利の引き上げに慎重を期すべき理由として37年の教訓を挙げている。エバンス総裁は昨年9月24日、ワシントンでの講演で「われわれが現在直面する最大のリスクは、性急な金融引き締めを図ることだ」としたうえで、「特に1937年の米国の経験は金融史の専門家にとって古典的な例だ」と話した。また、ダドリー総裁も同月22日、ニューヨークで開かれたカンファレンスでの質疑応答で、30年代の性急な引き締めは「ひどい失敗だったことが明らかとなっており、実際、『37年の誤り』と位置付けられている」と発言した。
(出所:ブルームバーグニュース)
今回のFOMCで市場が読み取ったメッセージ、すなわち利上げペースが緩慢になるというのは、こうした不安を一層後退させる。目先の為替が2~3円、円高に振れることよりも、37年の悪夢の再来にはならないと市場が安心してリスクをとれるようになることのほうがよっぽどポジティブである。
加えて、昨今は米国の景気は指標に表れるほど弱くないという議論が複数浮上している。統計の作成方法に不備があり、正確に景気を捕捉できていないというのである。おそらく、今年に実施されるゼロ金利解除は、決して誤った判断とはならないだろう。
もうひとつそう考える根拠がある。「セル・イン・メイ」を思い出そう。今年ほど、メディアがこぞって「セル・イン・メイ」と騒いだ年も記憶にないが、案の定、「セル・イン・メイ」は起きなかった。一般大衆向け週刊誌までが大手ヘッジファンドの予言と騒いで「37年の悪夢の再来」を囃したてるご時世である。仮にこの週刊誌の記事が「日経平均4万円!」というものなら、注意したほうがいいと警鐘を鳴らすところだが、その逆だ。米国の利上げで株価の暴落はないと思う。
(※)印刷用PDFはこちらよりダウンロードいただけます。