2016年8月31日から9月3日まで、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン副皇太子(注1。以下、サルマン副皇太子)が来日しました。サルマン副皇太子は、第二副首相、国防相、経済・開発問題の最高決定機関である経済開発評議会の議長、アラムコ最高議会議長などの要職を兼任する同国のキーパーソンです。彼は同国が進めている「ビジョン2030」(図表1)という経済改革計画を主導する人物であり、今回の訪日は、この計画への協力を求めることが目的の一つであったとされます。
2016年4月25に閣議承認されたサウジアラビアの「ビジョン2030」は、石油依存型経済からの脱却を目指し、産業の多角化や投資収益に基づいて国家の建設を目指す成長戦略です。サウジアラビアは2015年時点で財政収入の約7割、GDPの約4割を石油・ガスに依存しています。原油価格の低下による歳入減と、イエメンへの軍事介入に伴う歳出増加などから、2015年度は財政赤字となりました。油価低迷に伴い2016年度も財政赤字が見込まれており、経済運営面の課題に直面しています。アラブの春の勃発で民主化の波が押し寄せる中、サウジアラビアは2,000万人を超える国民の不満を、大規模な社会福祉策や雇用対策等で吸収してきましたが、原油価格の下落で財源に余裕がなくなりました。非OPECの原油生産量が増加する中、生産調整による価格維持ではなく、シェアの確保を優先することを選んだ同国では、国家の安定の為にも低油価継続を前提とした施策が必要とされています。サルマン副皇太子に権力を集中し、上からこの改革計画を推し進めようしている姿勢がうかがえます。
「ビジョン2030」では目標達成に向けて、13のプログラムが掲げられています。2016年5月7日には大規模な行政改革・人事異動が発表されましたが、これもプログラムに沿ったものです。その際、石油関連では、在任20年のヌアイミ石油鉱物資源大臣に代えて、サウジアラムコの会長でもあるファーリフ保健相が後任のエネルギー・産業・鉱物資源省大臣に任命されました。ファーリフ氏はサルマン副皇太子に近い人物とされます。この人事は石油政策に関してサルマン副皇太子への権力集中を進め、改革の速度を速める狙いがあるとされ、その他の人事も、経済改革を円滑に進めるための措置とみられます。また、6月6日には国家改革プログラム(NTP)が閣議承認されました。こちらは「ビジョン2030」の目標達成に向けたロードマップで、2020年までの詳細な戦略目標を掲げています。
もっとも、「ビジョン2030」の実現性については、厳しい見方が多いようです。発表時からビジョンの目標値は野心的すぎるとの評価が主流でしたが、その後発表されたNTPにおいても達成に向けた具体的な方策が乏しいのが現状です。IMFもサウジアラビアの2020年までの経済成長率を年率2%程度で見ており、改革の成果への期待が限定的であることが伺えます。
一方、財政立て直しの観点から見ると、国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開(IPO)への期待は大きいようです。2018年までに上場し、株式の5%以下を売り出す方針と伝えられるこの構想は、「ビジョン2030」の目玉です。自国市場に加えて国外での上場が検討されているとされ、東京証券取引所への上場も視野に入っていると報じられています。
また、サルマン副皇太子は「ビジョン2030」の成功に向けて投資や技術を呼び込むべく、海外へも積極的に働きかけています。2016年6月には米国とフランスを相次いで訪問、8月末からはパキスタン、中国、日本を訪問し、計画の説明を行うとともに投資や技術協力を呼びかけました。9月に中国杭州で開催されたG20では、ロシアのプーチン大統領との会談も報じられています。いずれも投資につながる複数の契約や覚書、将来を見据えた約束が交わされており、サルマン副皇太子の歴訪は一定の成果を上げたようです。
サウジアラビアは「ビジョン2030」の実現に向けて、徐々に改革計画を実行に移しています。しかし、掲げた目標の多くが未達成となった場合、政府の信頼性が損なわれ、計画が頓挫する危険もあります。サウジアラビアは世界最大級の石油大国であり、同国の石油市場ならびに世界経済にも大きな影響を与えます。改革の成果が現れるのはもう少し先になると見られますが、今後のサルマン副皇太子の手腕が注目されます。
注1)サルマン副皇太子はサルマン国王の息子で1985年生まれの31歳。2015年1月に副皇太子に就任。米国の『Foreign Policy』誌による2015年の最も影響力ある政策決定者9人のうちの1人に選ばれるなど世界的にも影響力の強さが認められている。
コラム執筆:村井 美恵/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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