SaaS市場は成長か衰退か?現状は拡大を続ける業界
SaaSとは、「Software as a Service」の略称で、インターネット経由で利用する業務用ソフトウェアを幅広く指します。これらが人工知能(AI)の登場、特に自律的にAIが仕事を進めるいわゆるAIエージェントの登場により役目を終えることが懸念されています。これがいわゆる「SaaSの死」と呼ばれるものです。2026年に入り、アンスロピックがClaudeを大幅に進化させ、AIエージェントが普及し始めたところから、大きく騒がれるようになりました。
近年におけるSaaSの市場規模は拡大傾向となっています。ガートナー社の予測ではソフトウェア支出は2025年に世界で約1.27兆ドルでしたが、2026年には約1.47兆ドルと15%以上の成長となっています。また、国際データ公社(IDC)の調査でも、パブリッククラウドサービスへの支出は、2026年には前年比で21%以上の成長が見込まれています。パブリッククラウドサービスはアプリケーションを実行するためのプラットフォームであるPaaS(Platform as a Service)なども含む幅広い概念ですが、成長要因としてSaaSの継続的な拡大が挙げられています。
そもそもSaaSの基本的なビジネスモデルとは?高い評価を受けてきた理由
SaaS市場は成長が続いているにもかかわらず株価は明暗が分かれており、これは料金体系などのビジネスモデルや売上高の成長率によるものと言えます。(図表1)
現在のSaaSのビジネスモデルは、従量課金で月々に利用した分の費用を支払うのが主流です。しかし、かつてはアドビ[ADBE]の高額なソフトウェアのような買い切り型の商品が主流でした。アドビは2013年に月額制のCreative Cloudに移行し、買い切り型からサブスクリプション型へのビジネスモデルに転換。今では同社の売上の約96%がサブスクリプション型となっています。
そして、SaaS市場全体でも月額利用型への移行が進みました。これは既存顧客が常に利用料を払い続けることを意味し、低い解約率を背景に安定的な売り上げが見込まれることから投資家の高い評価を得ることになります。また、このようなSaaS企業は粗利率が非常に高く、直近ではアドビは90%、ハブスポット[HUBS]は84%となっています。
製造業と違い、開発費用さえかければ、その後は契約者数の増加に伴うコスト増を抑えつつ利益の拡大がしやすいビジネスモデルとなっています。また、既存顧客からの売上の前年比率でみてもハブスポット、データドッグ[DDOG]、スノーフレイク[SNOW]といったSaaS大手は100%を超えており、これは新規顧客がいなくても売り上げが増えている状況と言えます。このような背景からSaaS関連銘柄は投資家から広く支持されてきました。
AIエージェントの台頭が招いた「SaaSの死」、内製化と契約者減の懸念
そんな中でなぜSaaSの死と呼ばれるSaaS銘柄の低迷が発生したのでしょうか?
冒頭で述べた通り、SaaS関連銘柄は1-2月頃のアンスロピックによるAIエージェントの発表をきっかけに急落。ソフトウェア関連銘柄で構成される上場投資信託(ETF)のIGV(iシェアーズ拡張テクノロジー・ソフトウェア・セクターETF)は、年初に100ドルを超えていたのが年前半には一時80ドルを割り込む水準となりました。
しかし、この時期に決算発表した企業の中には市場予想を上回るところもあり、各企業の決算の内容に差はあったものの、AIエージェントの普及という外部要因による今後のSaaS市場の不況も織り込んだものでした。具体的にはAIエージェントがあればシステム自体の内製化が容易になったり、業務効率化によりデータ管理やタスク管理をする人員が減少すれば契約者数の減少につながったりといったものです。
SaaSの死からの反転、明暗を分けたポイントとは?
SaaSの死が2026年初頭に騒がれたものの、ソフトウェア関連銘柄のETFであるIGVは5月の1ヶ月間で80ドル台前半から一気に100ドル超えの水準まで上昇し、20%以上の上昇率を記録します。
スノーフレイクの好決算と巨額投資が相場反転の契機に
大きな注目を集めたのが5月下旬に発表されたスノーフレイクの決算でした。2026年2-4月期の業績が市場予想を上回ったほか、2027年1月期の売上高見通しを引き上げたことが好感され、株価は36%高となりました。
スノーフレイクはAIデータクラウドを主力としており、ビッグデータの蓄積や管理に優れたプラットフォームを提供しています。また、この決算と同時にアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のインフラに60億ドルを支払う契約をし、データおよびAIワークロード需要の急速な拡大に対応する方針を発表しました。巨額支出契約であるにもかかわらず株価は上昇し、市場が需要拡大を好感する形となりました。
AI時代のSaaS選別基準、明暗を分けた「課金モデル」の違い
そして、一連のスノーフレイクに関する発表を機にAIとのシナジー効果、料金形態、客単価の動向といった様々な要素からSaaS銘柄の選別が始まりました。
年初来騰落率と直近四半期の前年同期比での売上高成長率の関係を見ると、大きく2グループに分かれており、大まかには相関関係があることがわかります。しかし、2つのグループを見ると、クラウドストライク・ホールディングス[CRWD]とハブスポットは売上高成長率が6%程度の違いにもかかわらず株価の年初来騰落率は約160%の差があり、後述の通り、これらは大きく課金単位の違いで二分されているものと言えます(図表2)。
スノーフレイクとデータドッグはデータ処理量で課金額が決まり、クラウドストライクとパロ・アルト・ネットワークス[PANW]は概ね端末数で課金額が決まります。一方で、セールスフォース[CRM]、ワークデイ[WDAY]、ハブスポット、アドビ、インテュイト[INTU]はそれぞれ形式こそ異なりますが、概ね契約の人数によって課金額が決まる方式となっています。
これらとAIエージェントの脅威との関係性を考えると、契約者数によって月額料金が変わる形態の場合、すでに米国でのSaaS普及率は高い水準で今後の成長は見込みづらいうえ、AIエージェントの普及で従業員数が減少すれば売上高が減ることになります。一方で、AIエージェントがデータを収集し、そのデータをそれぞれの業種で活用・監視をする場合には、利用者数とは関係せず、むしろデータ処理量は増えることになります。
「ITインフラ」と「業務アプリ」で二極化するAI代替リスク
また、株価が上昇した4銘柄はサイバーセキュリティやデータ基盤を担う企業で、いずれもIT運用の「土台」となる事業です。一方で、その他の銘柄は業務アプリケーションを提供する企業であり、AIによる代替可能性が懸念されます。
このような市場の構造に5月のスノーフレイクの好決算をきっかけに市場が注目したからこそ、同じSaaS銘柄の中でも明暗が分かれる結果となりました。特に、年初来騰落率が最も低いイントゥイトは確定申告ソフトのTurboTax(ターボタックス)を値上げしたことで、より安価な他のソフトへの流出が進んで顧客を失い、価格転嫁力の低さが課題となっています。このような背景から直近の四半期決算では市場予想を上回ったものの、通期見通しでは売上高、EPSとも市場予想を下回ったことで株価も軟調な展開が続いています。
拡大するSaaS市場、今後は銘柄ごとの見極めが重要な局面へ
SaaS市場は拡大を続けていますが、株価の二極化の原因は、「AIエージェントの普及により、契約者数が減少し業績悪化につながるか」、あるいは「データ量が増加して、むしろ恩恵を受けるか」ということです。
そして、業績に加えてこうしたビジネスモデルの違いも踏まえた銘柄ごとの吟味が進んでいく状況は、今後も続くと筆者は考えています。今回のレポートでは米国のSaaSの現況に触れてきましたが、ビジネスモデルなどにより銘柄の選別が行われるという構図は、日本のSaaS市場にも示唆を与えるものになるかと思います。今後のSaaS市場の動向にぜひ注目していただければと思います。
