株式市場は評価、為替・債券は評価せず?=高市政権への評価
2025年10月の高市政権誕生を前後して株高・円安が大きく拡大した(図表1参照)。このうち株高については、高市政権の積極財政などへの期待の結果との説明が基本だった。その意味では、株式市場は、高市政権の経済政策を前向きに評価しているということだろう。
では、円安はどうか。円安に対して、ここに来て日本の通貨当局は「行き過ぎた動き」「投機的動き」として牽制し、為替市場などへの介入の可能性も示唆している。その意味では、高市政権の政策に対する「不当な評価」とみなしているということではないか。これは、円安と基本的に同じ方向の動きとなった日本の長期金利上昇についても同様だろう(図表2参照)。
株高は高市政権の評価なのか?=世界的株高への連動か
以上のように見ると、高市政権の政策を株式市場は評価し、為替・債券市場は評価しない…と、金融市場では高市政権の政策に対して評価が分かれた可能性がありそうだ。立場の違いによって、政策に対する評価が分かれることはもちろんあるだろう。では今回も高市政権の政策に対する株式市場と為替、債券市場の評価が違うのはそうした理解になるのか。
2025年の高市政権誕生を前後した株価の上昇は、基本的には米国株が主導する世界的な株高とも連動した(図表3参照)。その意味では、どこまでが高市政権の政策を評価した株高か、それとは別に世界的な株高と連動した結果なのかの見極めは微妙だろう。
世界的株高に変調の兆しも?=日本株安なら高市政権を信任なし?
世界的な株高については、ここに来て調整本格化の兆しもみられる。2000年のITバブル以上となったNYダウに対するナスダック総合指数の割高は、2025年11月に拡大が一巡し、縮小が続いてきた(図表4参照)。これは「極端な行き過ぎ」というバブル崩壊の始まりの可能性を感じさせる動きだろう。
世界的な株高が株安に転換した場合、それでも高市政権の経済政策を期待した日本の株高は続くのか。もしも株価が下落に転じるなら、「ニュー・アベノミクス」と高市総理が名付けた経済政策は、金融市場においては信任を得られなかった、実は不信任の状況が続いていたことを確認することになるかもしれない。
