円安阻止介入の弱点は有限な外貨保有=「高市ボンド」検討は
円安を止めるための日本の円買い、米ドルなど外貨売り介入の最大の弱点は、売るための外貨の保有が有限だということだ。巨大化した為替市場で円売りが本格化した場合、それを日本の通貨当局による米ドル売り・円買い介入で止めるのは極めて困難だろう。このため、この有限な外貨保有を補う代表的な方法とされたのが、外貨建て債券を発行することで介入に必要な外貨を補充することだった。
それが検討されたのは、1980年代前半のことだった。当時は米レーガン政権の「ビナイン・ネグレクト(優雅なる米ドル高容認)」と呼ばれた政策の中で米ドル高・円安が長期化していた。これに対して、日本の米ドル売り介入強化の目的から検討されたのが外貨建て債券の発行、当時の総理大臣の名前から「中曽根ボンド」発行だった。仮にこれが再現するなら、今なら「高市ボンド」発行ということになるだろう。
ただ結果的に「中曽根ボンド」は実現せず、米ドル高・円安の阻止、是正をもたらしたのは、1985年の「プラザ合意」を受けた日米欧の先進国による米ドル売り協調介入だった。このプラザ合意による重要な意味は、自国通貨の米ドルを実質的に無限に保有する米国による本格的な米ドル売り介入参加は、米ドル高是正に有効だったということだろう。
協調米ドル売り介入の成功は「プラザ合意」=失敗例は1998年6月
このプラザ合意後の、日米協調米ドル売り介入は、1998年6月に一度だけ行われた。当時日本では大手の銀行、証券会社の破綻が相次ぐなど経済危機の様相が広がっていた。日本の通貨当局は1997年11月から130円手前の水準から円安を止めるための円買い介入に動いたものの円安は止まらず、1998年に入るとついに140円を超える動きとなっていた。
こうした中で1998年6月、日米協調の米ドル売り介入が実現した。これは、当時の米クリントン政権の対中外交政策の見返りとして米国が円安阻止に協力した結果との解説が基本だった。あくまでも政治的な取引による円安阻止への協力ということで、日米協調米ドル売り介入も1回のみにとどまった。この極めて限定的な日米協調米ドル売り介入の円安阻止効果は限られ、間もなく円安は再燃した。
以上から分かるのは、自国通貨だけに実質的に無限に行うことが可能な米国の米ドル売り介入は米ドル高・円安阻止、是正には有効ながら、実際に無限に米ドル売り介入を行うという方針でないなら、米ドル高・円安阻止への効果は限られる可能性が高いということだろう。
円金利上昇でも円買い限られる=2024年までより厳しくなった円安阻止
日本政府は、2024年まで単独の為替介入で円安を止めてきた。では今回も日本単独介入で円安阻止、是正ができるのか。もしもそれが困難なら、次に検討されるのは日本の外貨売り介入の強化、米ドル建て債券、「高市ボンド」発行なのか。それとも米国への協調介入要請なのか。
トランプ米大統領が貿易相手国の通貨安に否定的なことを考えると、バイデン前政権に比べて日米協調介入実現の可能性はあるだろう。ただしこれまで見てきたように、それがあくまで「お付き合い」にとどまるなら、米ドル高・円安阻止効果は限られそうだ。
では、米国が米ドル売り介入を本格化する可能性はあるか。円安の日本では分かりにくいが、トランプ政権となってから、円以外の通貨に対しては「米ドル離れ」が目立っている。そうした中での本格的な米ドル売り介入は、米ドル暴落をもたらす危険もあるのではないか。
2024年まで円安が介入で止められたのは、まだ日本の金利上昇などによる日米金利差(米ドル優位・円劣位)縮小などに円買いで反応したということがあったからだろう。ここに来て日本の金利上昇への円買い反応が限られるようになったことで、米ドルの「自滅」などがない限り、円安阻止はかなり困難になってしまったのかもしれない。
