米国での設備投資を拡大するTSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)[TSM]

4月8日に開かれた米共和党全国委員会のイベントで、トランプ米大統領は半導体受託生産の世界最大手TSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)[TSM]について、米国内に工場を建設しない場合は最高100%の税金を支払うことになると伝えたと明かした。

トランプ氏は、アリゾナ州にあるTSMCの工場向けにバイデン前政権が助成金を支出したことに触れ、「TSMCに金は渡していない。私は、ここに工場を建設しなければ多額の税金を払うことになると言っただけだ」と語り、半導体企業は資金を必要としていないと述べた。

これに先立つこと3月、TSMCはトランプ氏と共同で行った会見において、今後数年間で米国に1000億ドルの追加投資を行い、5つの半導体工場を新たに建設する計画だと発表した。TSMCが現在進めている既存の工場の投資額は650億ドルにのぼる。今回の追加投資を含めると、米国への総投資額は1650億ドルに拡大する。

イーロン・マスク氏が警鐘「AIチップの供給は国家安全保障上、極めて重要だ」

世界のエレクトロニクス情報を伝えるEE Timesの3月27日付けの記事「『チップ製造能力がAI競争の勝者を決める』とイーロン・マスク氏」によると、米国政府効率化省を率いるイーロン・マスク氏は、最先端の半導体生産能力を支配する国が、AIを巡る競争で勝利するとし、米国が台湾に最先端半導体の製造能力を依存していることに警鐘を鳴らしている。

イーロン・マスク氏は、3月17日に行われた米上院議員テッド・クルーズ氏とのインタビューの中で「現在、台湾のTSMCが全てのAIチップを製造していて、これは米国にとって国家安全保障上の問題だ」「現在、最先端AIチップの100%が台湾製だ。もし近いうちに中国が台湾に侵攻すれば、世界は最先端AIチップへのアクセスを絶たれてしまうだろう」と語り、「AIチップの供給は国家安全保障上、極めて重要だが、われわれは十分な対応ができていない」と指摘した。

米国への投資拡大により、TSMCは今後4年間で、建設関連で4万人、研究開発など高度人材で数万人の雇用を生むとしている。トランプ政権は米国から失われた工場を取り戻し、雇用を生み出し、経済の活性化をはかることを重視している。ただし、半導体技術がさらに微細化を追求し、半導体チップに求められる計算能力が拡大する中、業界のサプライチェーンは高度かつ複雑にグローバル化していて、そのすべてを米国内に取り込むことはほぼ不可能である。

台湾の地政学リスクに備え、TSMCは生産拠点の分散を加速か

かつて半導体業界は、自国でこのサプライチェーンのすべての工程を完結させる垂直統合型の企業が多数存在した。半導体業界を日本が席巻していた1980年代までは、半導体の設計開発、ウエーハ製造、組み立てからテスト、そして販売に至るまで、全ての事業を社内で完結させる垂直統合型でのビジネス展開が主流であった。当時、日本はビデオデッキやテレビなど民生分野における大きな市場に支えられ、メモリ(DRAM)を主力として、世界の半導体製造シェアの半分以上を握るようになっていた。ところが1990年代から2000年にかけて半導体業界において水平分業が拡大する。

半導体製品の主流がメモリからマイクロプロセッサやロジックへと移行したことが分岐点だった。莫大な投資を必要とする日本の大手電機メーカーは新技術への大きな投資に踏み切ることができず、この変化に乗り遅れた。その一方、米国はシェア奪回へ向けて、国を挙げて半導体産業の強化に取り組み始めた。

この変化がTSMCというファウンドリの雄を生み出すきっかけだった。米国ではエヌビディア[NVDA]やクアルコム[QCOM]など工場を持たないファブレスの半導体メーカーは設計開発に注力し、製造はファウンドリに委託するスタイルに変わっていった。その流れに乗って一大企業となったのがTSMCである。日本企業はこの水平分業への対応が遅れシェアダウンにつながった。

主力となる最先端の半導体工場の立地は台湾に集中している。このため、台湾が抱える地政学リスクはTSMCにとっても大きなリスクである。TSMCは生産拠点を分散し始めており、リスクへの備えを急いでいる。今後もこの動きは加速するであろう。マスク氏が指摘するように、最先端チップの供給は各国の将来を左右する国家安全保障上の極めて重要な問題だからである。

TSMCの2025年1-3月の売上高は前年同期比42%増に

トランプ関税による不確実性が世界の金融市場を揺らす中、TSMCは4月10日、2025年1-3月(第1四半期)の売上高が前年同期比42%増の8392億5000万台湾ドルだと発表した。米国による関税発動前のAI(人工知能)サーバーやスマートフォンの需要拡大を反映しているが、今回の伸びは2022年以降で最も大きかった。電子機器メーカーが貿易や輸送の混乱を想定し、米国の倉庫に在庫を積み上げる動きをしていることも背景にあるだろう。

【図表1】TSMCの売上高・営業利益・営業利益率
出所:決算資料より筆者作成

前四半期(2024年第4四半期)におけるテクノロジー別売上高では、より細い線幅である3ナノと5ナノの生産が全体の6割を占めている。その前の期(2024年第3四半期は52%)に比べると、より最先端へ確実にシフトしている。そして、TSMCはこの最先端ノードである回路線幅3~5ナノ(ナノは10億分の1)メートルの最先端ロジック(演算用)半導体の性能・歩留まり(良品率)では競合他社を圧倒している。

【図表2】テクノロジー別売上高の内訳と前期との比較(上:2024年第4四半期 下:2024年第3四半期)
 
出所:決算資料より筆者作成

TSMCのAI半導体「1強」態勢のゆくえは?

現在、TSMCはデータセンターなど「クラウド」から、パソコンやスマートフォンといった端末側に搭載する「エッジ」まで、AIに使われる先端半導体の生産をほぼ総取りする「1強」態勢となっている。エヌビディア、アップル[AAPL]、アドバンスト・マイクロ・デバイシズ[AMD]、クアルコム[QCOM]、インテル[INTC]、台湾のメディアテックという「6大顧客」からAI関連の先端半導体の注文が集中的に舞い込んでいる。

すでに、他社に先駆けて次世代半導体「2ナノ品」の量産を予定している。2024年12月に開催された「IEDM 2024」において発表された論文では、2nm世代のプロセス技術「N2」での量産を2025年内にも開始する予定であることを明らかにした。次々世代である1.4ナノメートル品の量産技術の開発にも着手するなど、他社を寄せ付けないスピードで技術進化の先頭を疾走している。

【図表3】TSMCの地域別売上高
出所:決算資料より筆者作成

ファウンドリビジネスは一見、顧客の発注に合わせて製造を行う「下請け」に近く、高収益のビジネスモデルとはかけ離れているように思われる。しかし、TSMCの「ファウンドリ・ビジネスモデル」は彼らを高収益かつ他に類を見ない企業にしている。なぜなら、TSMCは圧倒的な技術革新のスピードにより、最先端の半導体チップはTSMCでないとつくれないという状況を作り出しているからだ。

エヌビディア[NVDA]らのTSMCへの依存、2030年まで続くのと予想も

イーロン・マスク氏が台湾依存への警鐘を鳴らしていることを報じた前述のEE Timesの記事(「『チップ製造能力がAI競争の勝者を決める』とイーロン・マスク氏」)は、エヌビディアやグーグル(アルファベット)[GOOGL]、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、メタ・プラットフォームズ[META]といった主要プレーヤーが使うAIチップは、TSMCが台湾で生産しているとした上で、このような重度の依存はすぐには低減されないので、2030年までは大きな進展は見られないだろうとの見方を紹介している。

最先端を手がけるファウンドリビジネスには、長期にわたる技術の積み重ねと特許戦略、人材など、高度な要素が必要となる。新規参入は難しく、ウォーレン・バフェット流に言えば、競合の参入を防ぐ「モート(堀)」が形成されているビジネスだと言える。TSMCの最大の功績はこのファウンドリと呼ばれるビジネスモデルを確固たるものにしたことである。

一方で、データセンターやAIチップへの投資ペースがやや減速しつつある可能性を示す兆しが出てきている。マイクロソフト[MSFT]はインドネシア、英国、オーストラリアの他、米イリノイ、ノースダコタ、ウィスコンシン各州で、データセンタープロジェクトの検討を停止したり、開発を延期したりしていると報じられている。こうした影響を見極めるためにもTSMCの決算を注視したい。2025年第1四半期の決算発表は4月17日に予定されている。

石原順の注目5銘柄

TSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)[TSM]
出所:トレードステーション
エヌビディア[NVDA]
出所:トレードステーション
アップル[AAPL]
出所:トレードステーション
アマゾン・ドットコム[AMZN]
出所:トレードステーション
アルファベット[GOOGL]
出所:トレードステーション