学芸大学駅で飲む機会があり、自宅まで南西に7キロ程度ということで歩いて帰ってみようと挑戦しました。大通りではなく、また携帯に頼らずに直感で最短と思われる南西方向に小道を歩き続けて、相当な時間が経ったでしょうか、へばったところで駅を見つけたので近づきました。すると帰路の南西方向ではなく南に行っていたようで、帰路の三分の一にも満たない位置の西小山駅に到着し愕然としました。方向感覚には様々な細胞・心理学的要因が相互に関連しており、またその能力は鍛えられるそうですが、まだ間に合うのかわかりませんが感覚を鍛える必要性を痛感しました。

さて、陸路でなく海路に例えられる金融政策ですが、米国ではジャクソンホール会合にてしっかり針路が示されました。不透明感を嫌うマーケットにおいて明確な方針は歓迎されるものでしょう。市場の期待値が上手にかじ取りされるなか、今後はデータ次第の方針とともに実体経済を確認していくことになります。

一方の日本、各国中銀の首脳らが集まる会合ながら不参加となりましたが、その政策は同じくデータ次第とはいえ、マーケット次第の面も強まっています。その針路も先進各国とは異なる方向にあり容易ではないでしょう。データを確認し環境を把握したうえでマーケットと対話する理論的なプロセスが求められます。

理論的であることはとても大事なことに思えます。週末にノーベル経済学賞のダニエル・カーネマン氏が言う、直感的判断と理論的判断の使い分けに言及された記事がありましたが、これは政治・経済を考えるうえではもちろん、直感に頼った私の帰り方にも言えることでした。