日本株は円高で、米国市場は経済指標の赤信号で下落

先週(7月29日週)は日米でお国事情が違うことが鮮明になった週でした。日本では政策金利の引き上げが行われると、 これまで売られてきた米ドルがさらに売られ、円が買われるという教科書的な展開となりました。これまで為替を大きな要因の一つとして上昇してきた日本株が米ドルの下落とともにさらに売られたのです。

一方、海の向こうの米国では、異なる展開が起きていました。米国市場では9月に利下げが起きることがコンセンサスとなっていました。ただ、それはあくまでもマーケット内でのコンセンサスであり、市場が求めていたのはFRBのパウエル議長というディシジョンメーカーからの確認だったのです。それが今回7月下旬のFOMC(米連邦公開市場委員会)におけるFRBパウエル議長の発言により、やっと市場とFRBとの間のコンセンサスが出来上がったのです。利下げが起きるのは確定だとマーケットは好感を示し、これを受け7月31日(水)のS&P500は1.58%の上げを演じたのです。  

そんな次の日のことです。マーケットの方向性を大きく変えたのが想定外の経済指標の発表結果でした。8月1日(木)に発表された7月の新規失業保険申請件数、ISM製造業景気指数が市場の予想を下回り、雲行きが怪しくなっていたところに、8月2日(金)に発表された雇用統計も市場の予想を大きく下回り、米国経済の悪化が懸念され始めたのです。ここで市場は、パウエル議長との間で出来上がっていたコンセンサスに懐疑的になったのです。

これまで9月の利下げは25ベーシス・ポイント(0.25%)の下げで十分だろうと思っていた市場にとって、ひょっとするとそれでは不十分ではないかという思惑が急浮上しました。加えて、FRBの利下げのタイミングは実は遅すぎるのではないかとパニックをもたらしたのです。そのような状況を受け、市場はこれまでより大きな下げ幅の利下げを織り込み始めました。

CME FedWatchによると、7月31日のFOMC直後は、9月の50ベーシス・ポイントの利下げの可能性は14%だったのが、8月1日には29%に上昇、それが8月2日には73%まで上昇したのです。思い切った利下げをしないと、経済の悪化が懸念されるという新たなコンセンサスを生んだのです。

加えて対岸の日本では既にカオス的な株価の下げが起きており、世界的な負の連鎖が始まり、世界の主要株式市場が大きく下落しました。債券が買われ、株が売られるという典型的なリスクオフの展開となりました。

米国企業の決算は好調、収益は今後も2桁成長が予想される

不幸中の幸いは、今回の米国株の下げはファンダメンタルズの悪化というより、テクニカルとセンチメントの要因で下げているということです。米国では第2四半期の決算発表の最中ですが、これまでの発表では前年同期比で12.25%の増益となっています。決算発表が始まる6月末時点の予想は8.97%でしたから、事前予想を3ポイント以上上回っています。

予想を下回る決算発表を行った企業の株価が下がっても、これはあくまでもアナリストたちのコンセンサス予想に達せず株が売られるケースであり、必ずしも業績が悪化していることを意味しません。来季の予想は前年比で6%の増益予想ですが、その後は2桁台の成長がしばらく続くことが予想されています。

今回の雇用指標の悪化はあくまでも特殊要因

先週木、金曜日の米国株が下落した理由は、先週の経済指標が予想を下回っていたことで、リセッション懸念が浮上したことによります。ただ、今回の雇用指標の弱さには特殊要因があると考えられます。

米国南部では7月にハリケーン・ベリルに襲われ、総経済損失は推定で280億ドル(約4.1兆円)から320億ドル(約4.7兆円)に達するとされています。特にテキサス州では、この影響が顕著であり、インフラ、農業、住宅に大きな損害が発生しました。

労働統計局(BLS)は、ハリケーン・ベリルが今回の雇用統計のデータには影響を与えなかったと述べています。しかし、BLSの家計雇用調査によると、天候のために154万人の労働者が全く働いていないか、パートタイムでしか働いていないことが判明しました。これは歴史的平均を大きく上回っています。一時解雇された労働者は、総失業者の14.8%に達し、2年ぶりの高水準です。多くの一時解雇はテキサス州の初期失業申請に反映されており、来月発表される8月の雇用統計のデータにこういった数値が反映され雇用数は低下する見込みです。

もし、そうであれば、先週の米国経済が悪化しているという思い込みによる米国市場の反応は、オーバーリアクションである可能性が考えられます。投資家がこのようなデータに気づき、リセッション懸念は過度のものであると判断すると、市場は落ち着きを取り戻すのではないかと考えられます。次回パウエル議長による政策の見解が公開されるのは8月22日から24日までのジャクソンホール経済シンポジウムです。

S&P500の5%以上の調整は特別なことではない

S&P500は1930年からという長い歴史の中で、5%以上の調整は年に3回、10%以上の調整は年に1回経験しています。ですから、長い歴史のなかで米国株のこれくらいの下げはめずらしいことではないのです。

なお、前回5%以上の調整が起きたのは2024年の4月のこと、10%以上の調整があったのは2023年7月末から10月末までとなっています。参考までに、2024年7月16日のザラバ中につけたS&P500の史上最高値から10%の下げですと、5,102ポイント辺りとなります。これまでの調整により、株価のバリュエーションが割安になってきていると考えられます。S&P500は7月に史上最高値を更新していますが、大切なことは、ここからもう少し下がったとしても、ここでブルマーケットが終わるということでは無いと思います。

地政学リスクと選挙戦リスクに注意

マーケットにとってのリスクの一つである地政学的リスクが再燃しています。パレスチナのイスラム組織ハマス最高指導者ハニヤ氏が訪問先のイランで殺害された経緯を巡り、イスラエルの関与が疑われています。イランは反イスラエルで共闘する親イラン組織のトップを自国の首都で殺害され、完全にメンツをつぶされた格好となっており、イスラエルへの報復が懸念されます。いつイスラエルへの攻撃が起きてもおかしくありません。これは既にフラジャイルな(もろい)市場にとっては新たなリスクです。

また、マーケットの懸念である米国大統領選挙については、これまでバイデン大統領比で優位となっていたトランプ前大統領ですが、バイデン大統領の撤退発表後、後任候補カマラ・ハリス氏の支持率は上昇、トランプ氏当選の可能性が怪しくなってきています。このような状況を受け、トランプ氏の過激な発言が金融市場を騒がす可能性が高まってきました。歴史的に大統領選挙の年の8月から10月まで、米国市場の暴落はないとしても、市場のボラティリティが高まる傾向にあり、選挙戦はマーケットの懸念材料の1つです。