◆コペンハーゲンから北へ電車で小一時間、対岸にスウェーデンを望む海峡に面したクロンボー城を訪れた。世界遺産にも登録されているこの城は、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲「ハムレット」の舞台となったことで知られている。城の中庭では、シェイクスピアの野外劇が上演されていた。毎年夏の恒例行事だそうだ。

◆デンマークといえば国連の幸福度調査で1位の常連国、「世界一幸福な国」である。人々は早く仕事を終え、家族や友人と多くの時間を過ごす。そんなデンマーク人のライフスタイルの背景にあるのが "HYGEE"(ヒュッゲ)という考え方である。ゆったりとくつろいで人と触れ合うこと、そんな時間を大切にすることだという。過労死が社会問題になったり、残業減らしが政府の政策になるような国では、到底理解できないカルチャーだろう。

◆言い古された言葉だが、「ゆりかごから墓場まで」。デンマークでは教育費も医療費もかからず老後の面倒も国がみてくれる。床暖房だってタダである。生活に対する不安がない=いま好きなことができる=だから幸せ、という図式だ。無論、それが可能なのは高い税金、高い国民負担率のせいである。ただし、ここで重要なのは社会保障のバラマキではないという点だ。

◆例えば医療費がタダと言っても、病気になるとまず家庭医に看てもらう。そして家庭医はよほどのことがないと専門病院につながない。風邪をひいたくらいでは薬なんかもらえず、寝てれば治ると言われる。できるだけ社会保障費をセーブして持続可能な制度を目指している。年金にしても高所得者はもらわないケースが多い。税と社会保障を通じて所得の再分配がなされているのである。翻ってわが国では、だれもが安易に(時には救急車を呼んで)大きな病院に行き、(レントゲンやCTなど)過剰な検査をし、患者も医者も薬漬けである。これでは社会保障費が減るわけがない。

◆先日、日経新聞は「経済教室」で3日にわたって、社会保障予算をどう管理するか、というテーマで識者の意見を掲載した。初回の鈴木亘・学習院大学教授は、<日本では国民の「負担は少なく、受益は多く」という財政的に矛盾した要求>が問題の根底にあると指摘する。現在おおむね120兆円の社会保障費は、内閣府などの推計によると、40年度には1.5倍の約190兆円に増加する。日本の財政状態を考えたとき、果たして現行の社会保障制度がどれだけ持続可能か心許ない。

◆ハムレットの有名なセリフ、"To Be, or Not To Be"には「生きるべきか死ぬべきか」という訳が一般的だが、僕が好きなのは小田島雄志氏の訳である。"To Be, or Not to Be" 「このままでいいのか、いけないのか」。 このままでいいわけがないと誰もが思っている - そう信じたいが...。シェイクスピアの野外劇を観ながら、ひとり呟いた。"That is the question."「それが問題だ」と。