米国の利下げ時期が不透明な中でも、IPOに踏み切る期待の企業群
米国市場で比較的規模の大きい新規株式公開(IPO)が相次いでいます。2024年1月には、膀胱がんに対するウイルス療法を開発するCGオンコロジー[CGON]、3月には半導体ベースの接続ソリューションを開発するアステラ・ラボ[ALAB]とSNS運営のレディット[RDDT]、4月には企業向けにデータ管理とデータセキュリティーのソリューションを提供するルーブリック[RBRK]、6月には医療費の決済ソリューションを提供するウェイスター・ホールディング[WAY]がIPOに踏み切りました。
2023年9月に上場した半導体設計大手の英アーム・ホールディングス[ARM]のような特大のIPOは2024年現在まだ出ていません。米国では利下げ時期の見通しが不透明になっており、余剰資金がIPOに向かいやすい低金利環境は実現していないのです。とはいえ、IPO銘柄の粒がそろってきたのも事実で、時価総額はアステラ・ラボが90億ドル超、レディットが100億ドル超となります。ルーブリックは株価がやや冴えませんが、それでも時価総額が50億ドルを大きく超えています。そこで今回は、2024年上半期に上場した5銘柄を紹介します。
2024年上半期にIPOを実現した注目銘柄5選
アステラ・ラボ[ALAB]、AIインフラに不可欠な接続ソリューションを開発
アステラ・ラボは、クラウド&人工知能(AI)インフラストラクチャーにおける半導体ベースの接続ソリューションを開発し、提供しています。AIや機械学習の進化のスピードに接続能力が追いつけず、停滞を引き起こしていた点に着目し、解決に乗り出したのです。
創業は2017年です。半導体大手のテキサス・インストゥルメンツ[TXN]の同僚だったジテンドラ・モハン氏ら3人がデータセンターでの遅延を解消するためのチップを開発することを思い立ち、起業に踏み切ったのが出発点です。
3人はそろって起業の未経験者でした。半導体開発のスタートアップは通常、AIを活用したスマートチップの開発に乗り出すケースが多く、華やかな分野にチャレンジするそうですが、アステラ・ラボが飛び込んだのは地味な領域だったのです。
創業者らは接続ソリューションのことを「配管」と形容しています。華やかではないのですが、接続スピードを高めてデータの流れをスムーズにすることは極めて重要で、「配管」の機能向上は不可欠です。
アステラ・ラボが提供するインテリジェント接続プラットフォームは、マイクロコントローラーとセンサーを統合させたミックスドシグナル型の接続製品とソフトウエアで構成されています。大規模なクラウドインフラストラクチャーやAIインフラストラクチャーに組み込み、接続パフォーマンスを高めることができるという特徴があります。柔軟性が高いためにカスタマイズが容易で、監視や分析といった機能もサポートします。もちろんソフトウエアも顧客にシステム上で作動するように開発されています。
収入を生み出す製品シリーズは「Aries PCIe/CXL Smart DSP Retimers (Aries)」「Taurus Ethernet Smart Cable Modules (Taurus)」「Leo CXL Memory Connectivity Controllers(Leo)」の3種類です。いずれもPCIeやイーサネット、CXLなど業界標準のデータ伝送規格に準拠しています。
今でこそ顧客層の幅は広く、パブリッククラウド向けにもソリューションを提供していますが、早い段階でアマゾン・ドットコム[AMZN]からの契約を勝ち取ったことで勢いがつきました。ジテンドラ・モハン最高経営責任者(CEO)はどのようにアマゾン・ドットコムを説得したのか覚えていないと発言していますが、とにかくデータセンターの停滞や遅延を解消する必要性が認められたのです。
今ではアマゾン・ドットコムが運営するアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)をはじめ、アルファベット[GOOGL]傘下のグーグル・クラウド・プラットフォーム、そしてマイクロソフト[MSFT]のマイクロソフト・アジュールというパブリッククラウドのトップスリーはすべてアステラ・ラボの顧客です。アステラ・ラボは、巨大なデータセンターを持つ主要なパイパースケーラーはすべて顧客と説明しており、メタ・プラットフォームズ[META]も含まれるようです。
創業から上場までの資金調達は比較的順調だったようです。事業拡大期が金融緩和の時期に重なったことも幸運だった模様で、2020年の資金調達ラウンドではインテル[INTC]から出資を受けます。インテルとは事業面でもパートナーと連携するなど緊密な関係を築いているようです。
この他エヌビディア[NVDA]やアドバンスト・マイクロ・デバイシズ[AMD]などデータセンター・インフラのサプライヤーに位置づけられる半導体メーカーと提携しています。
アステラ・ラボはチップメーカーであり、接続ソリューションに使う集積回路(IC)の開発と設計を手掛けています。ただ、生産施設を持たないファブレスメーカーで、生産を外部に委託しています。
シリコンウエハーに回路を形成する前工程をすべてTSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)[TSM]に委託しており、組み立てやパッケージング、検査はアドバンスド・セミコンダクター・エンジニアリングなどに発注しています。
レディット[RDDT]、掲示板投稿型のソーシャルメディア
レディットは、掲示板投稿型のソーシャルメディアです。匿名での投稿も可能なため「米国版2ちゃんねる」と形容されることもありますが、荒れることが比較的少ないとされています。
テーマごとのコミュニティーはサブレディットと呼ばれており、その数は稼働中のものだけで10万を超えています。あらゆるジャンルが網羅され、掲示板にコメントや画像、動画などを投稿することができます。登録者数が100万人を上回るサブレディットは500を超えています。
2023年10-12月の1日当たり平均利用者数(ユニークユーザー)は7310万人、1週間当たりの平均利用者数は2億6750万人に上ります。膨大なユーザー数を背景に社会に影響を与えるケースもあり、代表的な出来事といえば2021年に起きたミーム株騒動です。
「ウォールストリートベッツ」というサブレディットで、投稿者がヘッジファンドの空売りにさらされていたゲームストップ[GME]株を「買い推奨」とすると、このサブレディットへの参加者が賛同し、大きな動きになりました。個人投資家が結託して株価が急騰し、ヘッジファンドが損失を被るという事態が起きています。
また、2023年には人気歌手テイラー・スウィフトのサブレディット登録者が100万人を突破しました。こちらはムーブメントを起こすというよりも社会的な動きを反映したと言えそうです。
収益の柱は広告収入で、売上高の98%を占めています。膨大な数のユーザー数に加え、ログイン後の滞在時間の長さが強みになっているようです。ログインしたユーザーの平均滞在時間はアカウントを開設したばかりの利用者では1日当たり20分程度ですが、利用歴5年超のユーザーでは35分、7年の超のユーザーでは45分と長くなっていきます。
また、利用者の所得の高さも広告出稿の獲得に有利です。レディットの場合、18歳以上の利用者の61%で家計の年間所得が7万5,000ドルを超えています。購買力のある利用者は広告出稿者に魅力的に映ると言えそうです。
ルーブリック[RBRK]、データ保護・復旧のスペシャリスト
ルーブリックの創業は2013年。インド東部のビハール州ダルバンガの出身であるビプル・シンハ最高経営責任者(CEO)が共同創業者の中心人物です。ビハール州はブッダが悟りを開いたとされるブッダガヤがある州で、貧困層が多いことでも知られています。
シンハ氏も裕福な家庭の出身ではありませんが、超難関とされるインド工科大学(IIT)のカンプール校に入学し、電気工学の学位を取得しています。IITカンプール校出身の有名人と言えば、なんといってもグーグルと親会社アルファベットのCEOを兼任するスンダル・ピチャイ氏です。シンハ氏とピチャイ氏は渡米後に同じ奨学金制度を利用し、ペンシルバニア大学のビジネススクールに通っていたということでも共通しています。
シンハ氏はソフトウエア開発のオラクル[ORCL]やIBM[IBM]での勤務を経た後にルーブリックを立ち上げました。主力事業は、サイバー攻撃からバックアップデータを守るデータ保護、攻撃の分析、そしてデータの復旧という機能を持つソリューションの提供です。
当初はデータ管理ソリューションに主眼を置いていたようですが、企業へのサイバー攻撃の激化を受け、サイバーセキュリティーに軸足を移しています。世界中でランサムウエアが猛威を振るう中、ルーブリックはネットワークの内外ともに「信頼できない」と仮定して対策を講じるゼロトラスト(何も信頼しない)の考え方に基づきセキュリティーのアーキテクチャーを構築し、防御力を強化しています。
データ保護では、認証の多様化を通じたなりすましやのっとりの防止、一般的な通信の制限を通じたデータへのアクセス抑制、独自の基本ソフト(OS)を利用したバックアップデータの改ざん防止などを目指します。
ただ、企業へのサイバー攻撃はすさまじく、防御力の強化だけで防ぎ切るのは困難です。このためルーブリックは侵入を前提に対策を講じ、ランサムウエアの監視と分析、そして迅速で適正な復旧に力を入れています。
ランサムウエアの監視・分析ではまず、監視機能を通じた感染の早期把握を実現し、感染した場合には人工知能(AI)を利用した被害状況の把握という手順を踏みます。暗号化被害に遭ったバックアップデータや復旧の対象になるデータの特定といった作業にはこれまで長い時間がかかっていましたが、ルーブリックのソリューションでは被害状況を可視化した上で作業時間を短くします。また、ランサムウエアが潜むデータや2次感染の恐れがあるデータの特定といった作業も短縮化します。
復旧作業では、自社でサーバーやネットワーク機器を保有して運用するオンプレミス環境とクラウド環境の双方に対応します。データの復旧作業を別の場所で行い、安全性をチェックした後に本番環境にアップするなど、あらかじめ手順を決めておき、復旧を実行する仕組みを採用しています。
ルーブリックのソリューションは柔軟性と拡張性に優れ、クラウドとの親和性も高いと評価されています。提携先も多く、テクノロジー提携パートナーとして、法人向けソフトウエアのオラクル、企業業務の一元管理プラットフォームを提供するサービスナウ[NOW]、ビジネスソフトウエアのSAP[SAP]、データ管理ソリューションのクォンタム[QMCO]、データ管理ソフトウエアの開発を手掛けるネットアップ[NTAP]、サイバーセキュリティーのフォーティネット[FTNT]、同業のジースケイラー[ZS]、半導体のインテル[INTC]など錚々たる顔ぶれが並びます。
さらにパブリッククラウドとの緊密に協力しており、マイクロソフトのマイクロソフトAzure、グーグル・クラウド、IBMクラウド、アマゾン・ドットコムのアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)といった大手4社と提携しています。
特にマイクロソフトとは特別な関係にあります。というのもルーブリックは2021年8月にマイクロソフトから出資を受けているのです。マイクロソフトとの提携を通じてオフィスソフト「Microsoft 365」のバックアップサービスも手掛けています。主に重要データの保護やランサムウエア対策といった機能を提供します。
多様なパートナーと協力するルーブリックは着実に成長しています。2024年1月末時点の顧客数は6,100社を超え、前年同時期の約5,000社から大幅に増加しました。うち年間の定額課金額が10万ドルを上回る顧客数は1,742社、100万ドルを超える顧客数は99社に上ります。
CGオンコロジー[CGON]、膀胱がんの治療薬を開発
CGオンコロジーは米カリフォルニア州アーバインに本社を置くバイオ医薬品会社です。膀胱がんの治療薬を開発していますが、現状で最も開発が進んでいる治療薬が第3相臨床試験の最中であり、医薬品販売で売上高は立っていません。
治療の対象になるのはハイリスク筋層非浸潤性膀胱がんに罹患し、標準的な治療方法である膀胱内注入療法で効果がみられない患者です。膀胱の中に抗がん薬などを注入するこの療法が効かない場合、膀胱の全摘除となりますが、術後の生活の質が著しく低下するため、患者も躊躇するとされています。
免疫療法薬で効果が出ない患者を対象にした開発中の新薬候補が「cretostimogene」です。臨床試験をへて承認を獲得し、商用化を目指します。米国がん協会の推定によると、2024年に膀胱がんと診断される患者数は米国内で8万2,000人を上回ると見込まれています。CGオンコロジーが取り組む治療分野の需要は大きいと言えそうです。
CGオンコロジーはバイオ医薬品メーカーですが、現状で生産機能を持っていません。開発中の製品が承認された場合でも自社で生産する計画はなく、すべて外部に委託する方針です。
ウェイスター・ホールディング[WAY]、医療費の支払処理を簡素化
ウェイスター・ホールディングは、医療費の支払処理を簡素化するクラウドベースのソフトウエアを医療機関に提供しています。「複雑で絶望的」と形容される医療費の支払処理プロセスを円滑にし、医療機関の負担と患者の待ち時間を減らします。
人工知能(AI)や先端のアルゴリズムを活用しつつ、支払い関係のワークフローの自動化を推進します。請求の正確性を高めるために継続的に改良しており、顧客である医療機関の労働コストの削減につなげるのが狙いです。
世界保健機関(WHO)の疾病分類では項目数が約1万4,000に上っており、分類だけで膨大です。また、患者の診断や治療など個々に異なり、医療機関の請求の仕組みは複雑です。
手作業で対応している医師やクリニックも多いようで、作業の遅延、決済の遅れ、収入の損失という問題に見舞われがちですが、ウェイスター・ホールディングのソフトウエアを導入することでそうした問題を解決します。
顧客は医師、クリニック、手術センター、研究機関、総合病院など多岐にわたり、その数は約3万に上ります。契約の規模はさまざまですが、大型契約を結ぶ顧客が増えています。ウェイスター・ホールディングにとっての年間収入が10万ドルを超える顧客数は、2022年3月末までの1年間が920で、2023年3月末までの1年間が1,007、2024年3月末までの1年間が1,070と着実に増加しています。