◆夏はカリフォルニアのビーチで過ごすことが多い。今年も一足早く休みをとってLAに滞在してきた。LAはテーマパークが多いので子連れの旅行にも適している。人気テーマパークのひとつ、ユニバーサルスタジオ・ハリウッドで1年前にオープンした最新アトラクションが、「ウォーキング・デッド」だ。ゾンビに支配された世界でのサバイバルを描くドラマ「ウォーキング・デッド」をモチーフにしたものだが、オリジナルのドラマもアトラクションも大人気である。実は数年前から「ゾンビブーム」とでもいうべき状況が起きている。
◆初期のゾンビはブードゥー教の魔術によって蘇った単なる操り人形で、労働力として使われる奴隷のようなものだったが、その後のホラー映画によって自ら行動し人を襲うものとして描かれて以来、その姿がすっかり定着した。そう考えると、ゾンビの恐怖はシンギュラリティ(レイ・カーツワイルなどが主張する「AIが人間の知能を追い越す技術的特異点」という考え方)の脅威に似ている。機械は人間の労働を楽にしてくれる道具だったが、徐々に人間から仕事を奪うライバルとなった。昨今、機械はAIで自ら学習し人間の領域を猛烈な勢いで侵食している。ロボットやAIによって職が奪われ自らの生活基盤を失う不安が「ゾンビブーム」の一端に現れているような気がする。
◆実際に、19世紀のはじめ、産業革命にともなう機械の普及により、失業の怖れを感じた労働者は機械を破壊した。ラッダイト運動である。ゾンビ映画もゾンビゲームもひたすらゾンビを撃ちまくるものが多い。いまやAIを否定し、ロボットを破壊することなどできない。本当は自分の職を奪うAIやロボットを壊してしまいたいのだが、それができない反動がゾンビを撃つことなのではないか。
◆過剰なAI脅威論に反論も出始めている。パリ第六大学でAI研究チームを率いる哲学者、ジャン=ガブリエル・ガナシア氏は近著『そろそろ、人工知能の真実を話そう』のなかで、シンギュラリティは科学というよりSF的な世界観だと切り捨てている。グーグルの「アルファ碁」の生みの親である英ディープマインドのCEO、デミス・ハサビス氏は、「あらゆる企業が『AIを使っている』と吹聴するが、9割はその意味を理解せず、マーケティング用語として使っている。まさにAIバブルだ」と述べている。
◆理学部出身のSF作家、松崎有理氏のゾンビ小説『やつはアル・クシガイだ』の巻頭にはこんな言葉がある。<我々に武器を執らしめるものはいつも敵に対する恐怖である。しかもしばしば実在しない架空の敵に対する恐怖である>(芥川龍之介『侏儒の言葉』)。これは普遍の真理であろう。様々なものに当てはまる。AIにもゾンビにも、「枯れ尾花」にも、である。
◆しかし、そうは言ってもなあ...。わかっちゃいるけど怖いものは怖いのだ。ユニバーサルスタジオの「ウォーキング・デッド」、正直、いい大人が泣きそうになった。最近、相場が動かなくて刺激のない日々に飽いているトレーダーの方へ。「ウォーキング・デッド」を体験されることをお勧めします。心の底から震え上がるスリルを味わえること確実。これに比べれば相場急落のスリルなんてかわいいものに感じてしまう。