なぜCPI発表前から米ドル反落が始まったのか
米ドル/円は、注目された5月15日の米4月CPI(消費者物価指数)発表前後から比較的大きく米ドル安・円高への反転に向かった。これは、CPIが予想より弱かったことから米金利が低下し、日米金利差円劣位が縮小したためだったのだろうか。
ただ、金利差円劣位の縮小は、CPI発表以前から続いていた。それを尻目に米ドル高・円安となっていたわけだが、それがなぜCPI発表に対してだけ米ドル安・円高の反応になったかをうまく説明することはできないのではないか(図表1参照)。
そもそもこの数ヶ月、米ドル/円と日米金利差の相関関係にはズレが目立っていた。日米金利差で説明できない米ドル/円の動きは、2024年に入ってから急増した投機円売りの動きの方が説明できそうだった(図表2参照)。以上からすると、CPI発表以前に、金利差円劣位縮小を尻目に米ドル高・円安となったのは、主に米イエレン財務長官の日本の為替介入けん制を手掛かりに投機円売りが再燃した影響が大きかったのではないか。
ただ、そんな投機円売りも、例えばCFTC(米商品先物取引委員会)統計の投機筋の円売り越し(米ドル買い越し)は、4月末には過去最大規模に拡大した。そして、日本の介入と見られる動きをきっかけに一時円高へ大きく戻す中で縮小したが、それでも先週5月7日時点で円売り越しは13万枚に上っていた。
円売り越しは、普通なら10万枚以上になると「行き過ぎ」懸念が強くなる。その意味では、CPI発表前まで、米ドル買い・円売りの「行き過ぎ」の状態が続いていた可能性が高いのではないか(図表3参照)。
CPIがもしも予想より強い結果となった場合、米利上げ再開の可能性が再燃しかねなかった。その意味では、5月15日のCPI発表は、当面における「最後の米ドル高リスク」イベントだったのではないか。だから、CPI発表が近づく中で、行き過ぎた米ドル買い・円売りの状態は維持された。
達観した言い方をすれば、CPIの結果がどうであろうと、それはあくまで当面における「最後の米ドル高リスク」イベント。つまりこのイベントを通過すると、当面の「米ドル高リスク」は峠を越える可能性があった。以上のように考えると、CPI発表の数時間前から米ドル安・円高に動き出したのは、「米ドル高リスク」が峠を越えそうになってきたところで、過剰な投機的米ドル買い・円売りのポジション調整が本格化を始めたと考えることで合点がいくのではないか。
円買いの限定化と拡大化の分岐点とは?
この数ヶ月の米ドル/円変動の主因は、金利差の変化以上に、絶対的に大幅な金利差円劣位を拠り所とした投機円売りの可能性がある。この関係がこの先も続くなら、今後の米ドル/円の行方は投機円売りの動向次第となるだろう。
CFTC統計の投機筋の円売り越しが、10万枚を大きく割れて縮小に向かうことは、投機円売りが本格的に撤退したケースの目安となりそうだが、2022年以降では2022年5月、2022年10月、2023年11月の3回あった(図表4参照)。
このうち2022年10月と2023年11月は、米ドル/円が代表的な投機筋であるヘッジファンドの売買転換点の目安、120日MA(移動平均線)を大きく下回る動きに向かった局面だった(図表5参照)。売買転換点を割り込んだことにより、米ドル買い・円売りポジションの手仕舞いが継続的に広がったと考えられる。
唯一の例外が2022年5月だ。この時は、米ドル/円の90日MAかい離率が10%前後まで拡大し、短期的な米ドルの「上がり過ぎ」懸念が強くなっていたケースだった(図表6参照)。そんな米ドル「上がり過ぎ」の反動により米ドル/円が比較的大きく下落に向かったことから、米ドル買い・円売りポジション整理が拡大したということではないか。
90日MAかい離率を見ると、足下の米ドル/円に短期的な「上がり過ぎ」懸念は強くなさそうだ。そして120日MAは149.3円程度。以上からすると、投機円売りのポジション整理(米ドル売り・円買い)が継続的に一段と広がるか、それとも限定的にとどまるかは、目先的には120日MAを米ドル/円が大きく割れる動きになるかどうかが大きな目安ではないか。