11月5日の米大統領選を巡る2大テーマの検証。2回目は、貿易政策が及ぼす米経済への影響を考えてみたい。(1回目は移民政策厳格化で消費者物価0.3ポイント上昇も)
ハリス政権の「フレンド・ショアリング」
ハリス政権下の貿易政策は、バイデン現政権の政策が踏襲される公算が大きい。バイデン政権の貿易政策を振り返ると、自由貿易に対して後ろ向きという面では、トランプ前政権と同様である。バイデン政権は、脱炭素関連の「インフレ抑制法」や半導体関連の「CHIPS法」を成立させるなど産業政策を推進して、国内の労働者や国内産業の保護を強調してきた。
ただし、トランプ前政権と異なり、同盟国との連携や国際協調を重視する側面を持ち合わせている。例えば、日本や欧州に対する鉄鋼・アルミニウムに関する輸入関税措置を緩和し、インフレ抑制法におけるEV関連の税額控除の要件を定める際にも、同盟国・友好国との交渉に応じる姿勢をみせる。また、中国依存からの脱却を進める過程で、同盟国・友好国と連携を取りながらサプライチェーンを構築する「フレンド・ショアリング」を進めてきた。ハリス政権でも同様の方針が継続される見通しである。
トランプ氏は「米国第一主義」
関税強化で0.6%のインフレ圧力に
これに対して、トランプ大統領が誕生した場合は、「米国第一」を基本理念に掲げ、米国有利の通商条件を引き出すことに注力すると考えられる。トランプ前政権時の経験をもとにすれば、交渉の対象は、トランプ氏が問題視する中国だけでなく、日本やEUなどの同盟国・友好国も含まれることとなろう。
トランプ氏は、具体的な施策として、世界各国に対する10%の輸入関税の賦課、中国に対する60%の関税賦課の検討を示唆している。これが実際に進められた場合の影響は甚大だろう。米国の輸入額3兆ドル超のうち、消費財は0.8兆ドル程度である。前述の関税が課され、そのまま国内物価に転嫁された場合、現状の実行税率を勘案すると、合計で+0.6%ポイント程度のインフレ上昇圧力になると試算される。
個人消費も1.1%下押し
また、中間投入される輸入財にも関税が課されるが、価格上昇がそのまま転嫁された場合は、産業連関を考慮した筆者試算では、国内物価がさらに+0.7%ポイント上昇する。合計で+1.3%ポイントものインフレ圧力がかかれば、実質可処分所得の減少を通じて、短期的に個人消費は▼1.1%ポイント程度下押しされ、GDPは▼0.8%程度減少することとなる。
もちろん、関税引き上げ分がすべて販売価格に転嫁されることはない。また、関税を原資とした消費者向け補助金などの実施も期待できる。一方で、他国からの対抗措置が取られた場合は、輸出が減少するなど、GDPに追加の下押し圧力がかかる。
さらに、関税引き上げ措置に加えて、トランプ氏は、前政権時に「TPP」から離脱したように、多国間の経済枠組みを嫌うことも想定される。バイデン政権による「フレンド・ショアリング」の取り組みも巻き戻されることとなり、製造コストの上昇や関係国間の投資減少などが懸念される。
第2次トランプ政権のスタグフレーションリスク
トランプ政権が誕生し、トランプ氏が示唆する強硬な移民政策と貿易政策が本格的に実行されれば、景気の停滞と物価の上昇が同時進行する「スタグフレーション」のリスクに直面する可能性がある。
移民政策に関しては、トランプ氏は、不法移民に対する国内不満の強さを受けて、強硬な政策を推し進めていく可能性が高い。一方で、貿易政策については、トランプ氏も自身が言及している施策の影響の大きさを理解し、全てを実施に移すことは考え難い。それでも、関税引き上げを各国との通商交渉に用いる手法は変わらず、一部は実行されていくことが予想される。
2025年は世界のインフレがようやく鎮静化に向かい、景気回復が進むことが見込まれる。こうした中で、米国でインフレ再燃と景気減速の懸念を抱えることは、世界経済にとっても大きなリスクとなる。このリスクが杞憂で終わるか否か、米国の大統領選の動向を注視していくこととなろう。
2024年5月2日に掲載した内容を2024年8月23日に更新しました。