11月5日の米国の大統領選挙は、民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領の対決になることがほぼ確実となった。バイデン氏は高齢による健康不安、トランプ氏は刑事訴訟などの課題を抱えており、両者とも、勝負の行方を決める無党派層の支持を捉え切れていない。足元の世論調査はトランプ氏が優勢なものが多いが、その差はごくわずかであり、大統領選まで一進一退の状況が続く公算が高い。

大統領選の争点のうち、重要性を増しているものが、不法に入国してきた外国人、いわゆる「不法移民」への対応である。また、貿易政策では、トランプ氏が示唆している「関税引き上げ策」などの保護主義強化も注目されている。大統領選後の米国経済に及ぼす影響が大きいと考えられるこれらの政策について2回にわたり考察したい。

バイデン政権下でも厳格に

バイデン政権は発足と同時に、トランプ前政権が進めた「メキシコ国境の壁建設」の中止や「特定国からの入国禁止」の取り消しを発表するなど、寛容な移民政策を強調してきた。これに後押しされるように、移民の流入数はコロナ禍からの回復期に増加し、特に、中南米を中心とした不法移民は、出国元の情勢不安などもあって急増した。

不法移民の急増に対しては、バイデン政権も問題意識を高めてきた。2023年10月には、当初の方針を撤回してメキシコ国境の壁建設を再開する意向を示し、さらに、足元では議会に働きかけて、不法移民対策を強化する法案の成立に動いた。それでも、バイデン政権は不法移民に対して寛容なスタンスを取っているとの見方は多く、不法移民が起こす犯罪などがクローズアップされるたびに、米国民の目線は厳しさが増した。

移民が賃金上昇を抑制

一方で、移民流入の急増が、米国の高インフレ沈静化に向けた動きを支えてきたことは間違いない。米国の高インフレは、当初は財(モノ)の供給制約が主因であったが、次第に人手不足による賃金コスト上昇を背景としたサービス価格の加速にシフトしていった。

こうした状況下、不法移民を含めた外国人労働者の急増が労働力人口を押し上げたことは、米国経済にとって大きな恩恵となった。米国議会の超党派機関である議会予算局(CBO)は2023年中の移民の流入数を140万人程度と見込んでいたが、直近の調査で330万人に上方修正した。移民はホームヘルパーや保育士などの仕事に携わることが多く、米国民の職場復帰を後押しする効果もあったとみられる。この結果、2023年の労働力人口は当初のCBOの見込みから190万人上振れ、サービス業を中心とした人手不足の解消が進んだ。賃金コストの上昇圧力が減退して、インフレ鈍化の道筋がはっきりしてきたといえる。

強硬姿勢に転換で経済供給0.4%減も

トランプ氏が2025年に政権を奪取すれば、持論である強硬な移民政策に転換し、世論の後押しを受けて、不法移民対策としての「国境閉鎖」などに踏み切る可能性が高い。

強硬な移民政策に急転換することは、米国経済の供給力を下押しするショックをもたらすだろう。CBOは現状の移民流入状況をもとに、2025年の移民流入数を260万人と予想している。労働参加率を米国民同様50%程度と仮定すると、130万人程度の労働力人口に相当する。仮に、トランプ政権が移民政策を強化して、移民の労働力人口の伸びがトランプ前政権時の年間40万人ほどまで落ち込むと、現在のCBOの想定から90万人程度下振れる。標準的な成長モデルをもとにした筆者の試算では、供給力がマイナス0.4%程度下押しされることとなろう。

2025年初めには、労働需給のひっ迫が完全に解消しきらず、労働力人口の伸び鈍化により、再び人手不足に陥る可能性が高い。求人数の増加を労働力人口の下振れ分(90万人程度)とすると、求人数と労働コストのこれまでの関係から、労働コストはプラス0.4%ポイント程度上昇し、主にサービス価格に転嫁されることで消費者物価はプラス0.3%ポイント程度上昇することが予想される。

そして、移民が手掛けることが多い、ホームヘルパーや保育士などの人手が不足し、米国民の労働参加率も再び押し下げられることで、影響が増幅されるだろう。

次回のテーマは、「貿易政策が及ぼす米経済への影響」についてお届けします。(近日公開予定)。