◆一橋大学大学院教授の楠木建先生が監訳された新著『道端の経営学』をご献本いただいた。原題は"Roadside MBA"という。本の宣伝文句を引用しよう。<「戦略」は大企業だけのものではない。むしろ小さな会社だからこそ戦略が生き残りを左右し、その手応えや課 題をありありと感じられるのだ。 3人の経済学者たちが1台のクルマに乗り込み、全米の「小さな会社」をめぐる旅に出た - 普通の会社の現場から経営の本質を学ぶ、名門ビジネススクール教授によるかつてないMBA「課外授業」> これが、実におもしろくて、あっという間に読了 した。

◆おもしろいのは確かだが、企業の経営戦略を分析するうえで、なにか役に立つ示唆が得られたかというとそうではない。全米の小さな会社を実際に訪ね 歩いて判明した事実、例えば小さいけれど成功している企業には共通点があった!というような、いわば「成功の法則」みたいなものが詳らかにされているか、 といえばそんなことは全然ないのである。この本には全米の小さな会社がたくさん出てくる。そして、どれもよく考えられた戦略で非常にうまくビジネスをおこ なっている。しかし、共通点は「うまくやってる」ということだけで、なぜ「うまくいっている」のかは、ケース・バイ・ケース、「場合によりけり」なのであ る。

◆楠木先生の解説によると、それこそが商売と経営の本質だという。「商売には、こうすればうまくいくなどという法則はない」。あっさり言って、「法 則はないという法則」なのである。これはなにも中小企業に限ったことではない。実際にこれと同じことを大企業の経営者が言っている。富士フイルムHD代表 取締役会長兼CEO・古森重隆氏である。デジカメの普及で写真フィルムという「本業」が消滅する危機を果敢な事業構造の転換で乗り切った名経営者だ。経営 手腕の秘訣を問われて古森氏はこう答えている。「何があれば、どんな考え方をすれば改革できるかなんて聞くのは意味がない。経営はほとんど答えがない問題 で解き方なんてないからだ」

◆ビジネスや経営には法則がない。しかし、自然科学には法則がある。春になれば花が咲き、暖かくなれば生き物が動き出す。今日は二十四節気のひとつ 「啓蟄」。「啓」は「ひらく」、「蟄」は「土中で冬ごもりしている虫」の意味で、文字通り地中で冬ごもりしていた虫が春の到来とともに地上へ這い出してく る日である。株式相場は日経平均1万9000円を前に足踏みが続く。だが、本格的な春の訪れが近づくにつれ、1万9000円のうえに、そろりと「這い出し て」いくことだろう。相場は経済学半分、自然科学半分といったところだと思う。なぜなら相場は生身の人間が動かす「生き物」だからだ。春の訪れは、やはり 重要な意味を持つ。

啓蟄の蚯蚓(みみず)の紅の透きとほる(山口青邨)

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆