◆「その朝、いつものように玄関を入ってすぐの居間兼客間に父と母と3人で川の字になって寝ていました。午前6時ごろ、兵士たちの叫び声で目が覚めました。父から『和子はお母さまのところへ行きなさい』と言われたので、眠い目をこすりながら母を捜しにいきました」

ベストセラー『置かれた場所で咲きなさい』(幻冬舎)の著者であるノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さんは、79年前の大雪の日の朝をそう回想する。

◆1936年2月26日、陸軍の青年将校が約1500人の部隊を率いて高橋是清蔵相、斎藤実内大臣らを次々に襲撃・殺傷し、東京の中心部を占拠する クーデター未遂を起こした。「2・26事件」である。当時9歳だった渡辺和子さんは目の前で父・渡辺錠太郎陸軍教育総監が殺される一部始終を目撃した。

◆「これからはお父様と2人分、厳しく躾けます」。厳格だった父・錠太郎さんの教育方針を引き継いだ母親に渡辺さんは厳しく育てられた。「我慢しな さい、努力しなさい、不自由をいとわないようにしなさい。その三つのことが、やがて思うままにならない世の中に出た時、きっとあなたを助けてくれる」。不 自由をすることが自由につながる、そう躾けられた。9歳の女の子がその教えに素直に従ったのは幼い日に世の中の残酷さや理不尽さを身をもって体験したから だろう。世の中は思うにままならない。だから我慢、努力、不自由が大事だと、その齢にして悟ったのである。

◆このコラム「新潮流」は、時候の話題に触れながら、経済や相場の話に転じるのがいつものスタイルである。今日の話の流れなら、「思うままにならな い相場に臨むには、我慢、努力、不自由が大事」と強引にこじつけることもできるかもしれない。しかし、今日はやめておく。渡辺さんに、そして素晴らしい躾 けをなさったご両親に対して失礼だからだ。世間の冷酷さを知り、娘に対する愛情があればこそ厳しい教育をされた渡辺さんのご両親を尊敬する。同じ年齢の娘 を持つ親の立場として心底そう思う。現在、日本が直面する問題の多くが、家庭での教育にその解決の糸口があると思う。

◆ここ数日、東京では暖かい日が続いたが、三寒四温で今日は寒の戻り。それでも厳しい冷え込みはなく、雪の予報は雨に変わった。忌まわしい記憶が残っている限り、2月26日は東京に雪が降らないでほしい。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆