◆昨日はNHKの朝の連続小説「マッサン」を話題として取り上げた。今日は大河ドラマから。現在の大河ドラマ「花燃ゆ」は吉田松陰の妹・杉文を主人公として、松下村塾で学ぶ若者たちを中心に描く幕末の群像劇である。吉田松陰が提唱した考え方に「知行合一」がある。「陽明学」の教えで、知識があるだけでは意味がない、行動が伴ってこそ知識は意味がある、というものである。
◆「知と行は二つにして一つ」。安倍首相は先日の施政方針演説で、この言葉を引用し、政策を断行する考えを強調した。安倍首相は山口県に縁が深いひとだから吉田松陰の影響を多分に受けていてもおかしくはない。僕は大河ドラマで松陰を演じる俳優の伊勢谷友介の熱演に感化されたのではないかと想像している。松陰が「知行合一」を語る場面。「俺は日本国の危機を知ってしもうた。皆その危機に気づかんし、気づいても動かん。じゃから、俺が動く。この国を守らねばならん!」 この回の放送は1月18日。ちょうど施政方針演説の草稿を準備している頃ではないか。安倍さん自身がご覧になったのか、草稿を書くスタッフが観て影響されたのかは知らないが。
◆行動が伴ってこそ知識は意味があるという「知行合一」本来の考え方は首肯できる。しかし、問題なのは、これが「実践重視」→「有言実行」→「行動あるのみ」とどんどん極解されてしまう恐れがあることだ。特に、日本でこれまで「知行合一」の言葉を口にしてきた方々の顔ぶれを見ると、そろいもそろって、先鋭的な方々である。(「先鋭的」とはまだオブラートに包んだ言い方である。換言すると「ちょっとアレなひとたち」である。)
◆もちろん安倍首相は、岩盤規制の撤廃をはじめとする成長戦略を断固としてやり抜く覚悟で「知行合一」を語られたのである。間違っても、防衛や外交の方面で「この国を守らねばならん!」」と先走らないようにしていただきたい。士の身分も剥奪された吉田松陰と内閣総理大臣とでは「知行合一」の言葉の重みがまるで違うのだ。
◆首相の施政方針演説に対する野党の反応も迫力がない。維新の党の江田代表は「美辞麗句はいいが、国民にとって大事なのは改革の中身だ」と語り、農協改革に対しても「自民党のお家芸、看板の掛け替えとお化粧直し」と批判。 それを言うなら、吉田松陰はじめ幕末の志士は「維新」の英雄なだけに、その言葉の使用権は「維新」にあり、と言うくらいの気概がほしいところである。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆