2023年、インフレを背景に労使交渉が活発化

全米自動車労働組合(UAW)は2023年9月から10月にかけて、ゼネラル・モーターズ[GM]等の米自動車大手3社に対するストライキを実行した。労働者側は今後4年にわたり、労働者の1時間あたりの給与を40%引き上げるように求めた一方、各社経営側は20%程度の賃上げを提案した。両者の間には大きな溝があったものの交渉の末、UAWは4年半で25%の賃上げなどを勝ち取った。

2023年は欧州でも交通機関や公共サービスなどでストライキが頻発した。その背景には、世界的なインフレーションの進行により、実質賃金の低下が人々の生活を逼迫しているとの見方がある。英国立統計局が2023年2月に発表したデータによると、2022年にストライキなどの労働争議によって失われた労働日数が約250万日に達し、1989年以降で最多となったという。

企業幹部と労働者の格差が拡大していることもあり、インフレ下による労働者の待遇改善に関する議論は熱を帯びている。米国のシンクタンク、Economic Policy Instituteが2022年に発表した報告書によると、2021年の米国トップ350社のCEOと一般従業員の報酬比率は399対1となり、CEOの報酬は1978年から2021年までに1460%増加したという。

“Say On Pay” の浸透進む米国、CEOの報酬に厳しい姿勢

このような状況から、経営陣・従業員の格差や労働者の待遇を是正すべきという議論が広がり、株主アクティビズムの主要テーマの1つとしても扱われるようになった。近年は米国企業を中心に、“Say on Pay”と呼ばれる形式の議案がより頻繁に株主総会で取り扱われるようになった。Say on Pay とは、企業が「経営陣に対する報酬の支給額等が妥当であるかどうか」株主による投票を求める、勧告的議案の1つだ。

Say on Payの普及に伴い、株主から有力企業のCEO報酬に厳しい目線が向くようになった。米最大手の株主擁護団体であるAsYouSowが2023年2月に発表した報告書 “The Most 100 Overpaid CEOs” によると、S&P500に組み入れられている企業の総会に提出されたCEOの給与に関する議案には、平均的に12.6%の反対票(2017年から4.2ポイントの増加)が集まり、この5年間を上昇基調で維持したという。

AsYouSowによると、過去には米国でメキシカンフードのチェーン店を展開するチポトレ・メキシカン・グリル[CMG]の総会にて提出されたCEOの報酬方針に関する議案をめぐり、48.6%の株主が同社の方針に反対の意向を示したこともあったという。

労働者の待遇改善に関する株主対話、各国でも浸透の兆し

UAWによるストライキについて米ニュースメディアNewsyの番組 「Scripps News」が報じた際、AsYouSowのロザンナ・ウィーバー氏は、インフレに苦しむ労働者側の視点を重んじ、次のように述べた。

「億万長者は政策の結果誕生するものだ」という格言があり、私もそう考えます。しかし、我々は労働者の尊厳を十分に認識できているでしょうか。本当に企業に価値を提供しているのは誰でしょうか。そのような観点をもってして、企業は王道(正道)を行くか邪道(横道)を行くかを常に選択できるということです。

企業に公正な労働者への待遇を求めるべく、株主が企業への働きかけを起こす事例は英国でも散見される。英国を拠点に株主運動を行う非営利団体のShareActionは2023年6月に英国・アイルランドの代表的な労働組合の1つであるユナイトと連携し、英国のホテルチェーン大手のウィットブレッドの年次総会で、同社に対して従業員の生活賃金(労働者とその家族が適切な生活水準を保つのに十分な給与のこと)を支払うことを訴えた。

ShareActionによると、2023年、英国企業の32社が株主総会で労働者の生活賃金等の取り組みについての質問に直面したという。うち、23社が労働者や株主らとのフォローアップ会議を実施したという。

今後、労働者の待遇やCEOの過剰な高額報酬に関する株主対話は活発化が予想される。かつてクリントン政権下で労働長官を務めた経済学者のロバート・B・ライシュ氏は、AsYouSowが主催したウェビナーで、次のようなコメントを寄せて展望を述べている。

資本主義の正統性は、我々が皆で一緒にやっているという前提の上に成り立っている。中産階級が成長し、誰もが自分の賃金や福利厚生の上昇を実感し、自分の子どもたちが現在よりも良い成績を収めることを期待できるというものだ。そして、1970年代に役員報酬の比率が上昇していることに気が付いた我々は、多くの政治家やその他の人々に警告を発した。
(中略)
しかし、経営幹部の過剰な賃金や報酬制度は、実際には大株主である機関投資家の利益にもなっておらず、広義にはアメリカ資本主義の利益にも反している。株主アクティビズムは、企業の略奪を阻止するために、もっと積極的な役割を果たすべきなのです。