◆昨日の小欄で取り上げた映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は文字通りタイムトラベルの話だが、もうひとつの「メメント」も時間軸のねじれが舞台装置となっている点で、広義のタイムトリップ物と言えるかもしれない。しかし、僕が本当に好きなのは、実際に旅をする映画、つまりロードムービーである。「イージーライダー」「パリ・テキサス」「ストレンジャー・ザン・パラダイス」「レインマン」など名作は数えきれない。敢えてベスト・ロードムービーをひとつ、と問われたら、リドリー・スコット監督「テルマ&ルイーズ」を挙げる。
◆日本映画を代表するロードムービーと言えば「幸せの黄色いハンカチ」だ。高倉健、倍賞千恵子、武田鉄矢、桃井かおりという豪華キャスト。もっとも当時の武田鉄矢は俳優としてのキャリアはゼロだったが。なにがなんでも桃井かおりと寝たい武田鉄矢を、健さんが「いい加減にしろ」と叱る場面。
「おまえのような男のこと、何と言っとんのか知ってるか」
武田「いえ」
「草野球のキャッチャーちゅうんじゃ」
武田「?」
「ミットもない - ちゅうことや」
◆ユーモアのなかにも凛としたものを感じる。みっともないことを恥じる、恥の文化である。恥ずかしいことはできない - それは昔から日本人の行動規範となってきた。高倉健の台詞にこういう名言がある。
「何をやったかではなく、何のためにそれをやったかである」
消費税増税を先送ったことはよしとする。問題は、「何のために」である。デフレ脱却を最優先するためなら正しいが、解散総選挙の大義名分のためであれば筋違いだ。
◆異口同音に多くのひとが指摘しているが、健さんの任侠映画を観て映画館を出ると、みんな肩で風を切って歩いた。みんな「高倉健」になっていたのである。肩で風、と言えば、健さん自身はこう述べている。
<いい風に吹かれたいですよ。きつい風ばかりに吹かれていると、人に優しくなれないんです。待っていてもいい風は吹いてきません。旅をしないと>
健さんには旅が似合う。今頃、天国への旅路をいい風に吹かれながら辿っていることだろう。その旅姿は決してフィルムに撮られることはない。しかし最後まで映画スターとして生きた健さんなら死してなお役者を演じ続けるだろう。誰にも観ることのできない、高倉健主演、最後のロードムービーである。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆