今月19日で、『ブラックマンデー』が起きてから36年が経ちます。私が社会人になり、ソロモンブラザーズと言うアメリカの投資銀行の日本法人へ入社したのが1987年、今から36年前のことです。私は入社するや米国株式の機関投資家営業のチームに配属されました。
その年、S&P500は私が入社した4月1日までに既に20%上昇、日本の機関投資家が米国株投資を本格的に始めたこともあり取引も急増していました。同期からは「お前アメリカ株関係の仕事につけて良かったな」と羨ましがられるような状況だったのです。その年の8月末までにS&P500は36%も上昇、そんな良い話は長続きしないのが世の常です。その年の10月くらいからマーケットの雰囲気がおかしくなりはじめました。
当時イギリスでは、時のサッチャー政権が国営企業の民営化を進めており、10月には英国ガスをADRとして米国市場に上場することになりました。この案件は、米国の投資銀行がリスクを取って、当時ロンドン証券取引所で取引されていた株価よりディスカウントで英国政府からポジションを取り、米国の投資家へ販売するということをしていました。
そんな時やってきたのが『ブラックマンデー』。日本語では『暗黒の月曜日』とのちに言われた株価が大暴落した日です。この日は何と、ニューヨークダウが1日で22%下落、S&P500も20%下落と言う誰もが想像しなかった米国株過去最大の1日の減少率を記録するという悪夢が起きたのです。
私は丁度その時ソロモンのNY本社の研修室で世界中から採用された約200人を超える新入社員と投資銀行業務についての研修を受けていたのですが、講師からは絶対トレーディングフロアに行ってはダメだと念を押されました。英国ガス株の取引で会社が大きなロスを出し、株価の暴落でトレーディングフロアの雰囲気が最悪な中、業務をわかってない新人くんたちが間抜けな質問をしてトレーダー達の神経を逆撫でするのを避けたかったのでしょう。
その日帰宅してテレビのニュースをつけると、どのチャンネルもウォール街の大暴落を大きく扱っていました。翌朝の新聞の一面も、株価の暴落で落胆するニューヨーク証券取引所のトレーダーの写真を一面で扱っていたのです。その時、ことの重大性をわかっていない社会人一年目の私も、「ひょっとすると自分の仕事すらなくなるのではないか」と考え始めました。実際、株式部門のトレーディングフロアでは、私の先輩たちが一人ずつ解雇され、いなくなっていったのです。
しかしです、ウォール街はそう簡単に負けませんでした。2年後、1989年後半にはS&P500は高値を更新しました。それで米国株を取り巻く環境が優しいものになったかというと決してそんなことはありません。それからも、米国株を取巻く環境には幾度かの戦争、世界的な感染症、また、ITバブル、リーマンショックなどやアメリカに端を発し世界の株式市場を巻き込んだ出来事がありました。
私は業界の人間として、そのような局面を幾度も幾度も体験、その都度心臓が止まる思いをしてきました。ですが、その時一時的に株価が暴落してもその後必ず株価は回復、上昇を再開し市場最高値を更新し続けてきたのです。今年もブラックマンデーの起きた10月19日を迎えるにあたり、長期投資という視点で考えさせられるのは、如何なる事件が起きたとしても、それは株式市場の終わりを意味する訳ではないと言うことです。それはこれからも変わることはないでしょう。なので、恐れることなく、淡々と投資を継続することが大切なのだと考えています。