◆中国で、日中の衝突が起きた。と、言っても領土問題を巡る軍事衝突ではない。フィギュアスケートの話である。GP(グランプリ)シリーズ第3戦、中国杯最終日。ソチ冬季五輪金メダリストの羽生結弦選手は、フリーの直前練習で中国の閻涵(エンカン)選手と激突し氷上に倒れた。生中継していたテレビの画面越しにも会場の緊迫が伝わってきた。応急処置を終えてリンクに出てきた羽生選手の頭には包帯が巻かれ首筋には流血の後。顔面は蒼白だった。
◆演技終了後にあごを7針、右側頭部を3針縫ったというから大怪我を負っての出場であった。そんな状態では当然、まともな演技などできようはずもない。最初の4回転サルコーも、続く4回転トーループも着氷に失敗して転倒した。しかし彼は何度転んでもすぐに起き上り最後まで滑り切った。テレビのアナウンサーも実況はそっちのけで「がんばれ、がんばれ」と声援を送っていたが、視聴者も会場の観客もみな同じ気持ちであっただろう。
◆結局、羽生選手は2位に終わったが、見事な銀メダルだ。その結果は文句なしに凄いことだが、もっと素晴らしいのはアクシデントを起こした当人同士、羽生・閻涵、両選手がともに励まし、健闘を誓い合った姿である。羽生選手は先に滑った閻涵選手にリンクサイドからエールを送っていた。羽生選手が演技に入る前、閻涵選手が羽生選手に歩み寄るとふたりはグータッチを交わした。
◆いよいよ日中の経済対話が再開される。アジア太平洋経済協力会議(APEC)にあわせて開かれることになった日中首脳会談で両国の関係改善を期待したい。羽生選手、19歳、閻涵選手は18歳。日中の若者がお互いの不幸な事故を遺恨とせず、それを乗り越え素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。今度はおとなたちの番である。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆