アーク・インベストメント・マネジメントの創業者キャシー・ウッド氏へのインタビューを9月7日に行いました。ウッド氏は、「女性版ウォーレン・バフェット」とも称され、投資戦略についても投資家から注目されています。今回は米国のインフレ・金利動向見通しやウッド氏が注目しているテーマ・業界・企業とその理由などをお聞きしました。

※本記事は2023年9月7日に実施したインタビューを後日、編集・記事化したものです。

米国のインフレ・金利動向見通し

岡元 兵八郎
マネックス証券 チーフ・外国株コンサルタント兼マネックス・ユニバーシティ シニアフェロー

岡元:私たちは、将来を見据えどのように資産運用を考えるのがよいでしょうか?まず、米国経済における金利や米国株式市場全体の現状、そして2024年の株式市場の見通しについてお考えをお聞かせください。

ウッド氏:現状では、米国経済は「ローリング・リセッション」を経験しており、それは今でも継続中です。私たちは、多くの人が予想しているよりも少し難しい状況になるかもしれないと考えています。住宅販売はすでに2008年から2009年の水準まで落ち込んでおり、自動車も極めて軟調で、在庫は減少しています。消費者の貯蓄率は3.5%と、コロナ禍前の8%から大幅に低下しています。

また、米国では10月から学生ローンの返済が再開されます。そのため、消費者信頼感は低下し、雇用情勢も軟化の兆しを見せ始めています。さて、これがインフレと金利に何をもたらすのでしょうか。

インフレ率はすでに9%から3%へと低下しており、物事が一直線に下がることはないものの、トレンドとして低下傾向は続き、今後半年から1年のうちに物価は下落に転じると考えています。すでに米国では通貨供給量は減少してマイナスとなり、コモディティ価格も下落しています。

この先これらのことが全て株価に織り込まれていくと考えています。

また、イノベーションはテクノロジーにより実現され、それは強いデフレ圧力になるでしょう。利上げは完全に終了したわけではないですが、市場ではほぼ終了したと判断されているからこそ、2023年に入りイノベーション戦略関連銘柄の株価が好調なのだと思います。

金利上昇局面では、イノベーション戦略は長期にわたって最も大きな打撃を受けました。現在、市場の期待は金利低下に移り、イノベーション戦略は今後5年から10年にわたり好調を維持すると思われます。

アクティブ運用がインデックス運用よりも優位性があると考える理由

岡元:現状では、日本のみならずおそらく世界的に、パッシブ(インデックス)運用のファンドに資金が移動する傾向が強まっていると思います。アクティブ・ファンドのパッシブ・ファンドに対する優位性を教えてください。

キャシー・ウッド氏
Ark Invest 創業者・CEO/CIO

ウッド氏:パッシブ・ファンドが重視するのは、「過去に何が起こったか」「歴史的に何が起こったか」ということです。一方で、アクティブ・ファンドは、少なくとも私たちのイノベーション戦略の運用方法は、すべて未来に視線が向いています。パッシブも未来に追いつくと思いますが、それはずっと後のことになります。

一例を挙げると、テスラ[TSLA]は時価総額が5,000億ドル(約74兆円)に達するまでS&P500銘柄には含まれていませんでした。時価総額5,000億ドルという大企業になってからようやくS&P500銘柄となったのです。つまり、S&P500という一般的なベンチマークは、このアルファをすべて逃したことになります。

私たちは2014年のアーク社における運用開始から今日までずっとテスラを保有しています。AIは、現時点で誰もが思っている以上のスピードで世界を変えていくと思います。そして、AIは私たちがリサーチと投資の中心に据えてきた5つのイノベーション・プラットフォームを加速させることになります。つまり、マルチオミクス・シーケンス、ロボット工学、エネルギー貯蔵、ブロックチェーン技術、そしてAIの5つがすべて融合していくでしょう。私たちは、一般的なベンチマークでは、こうした融合や指数関数的な成長率を把握できないと考えています。

破壊的イノベーションを支える5つのテクノロジー

岡元:改めて、破壊的イノベーションとは何なのか教えていただけますか?それがなぜ重要なのか、それが私たちの日常生活、米国企業、米国経済、米国市場に今後どのような影響を与えるのかを教えてください。

キャシー氏:私たちの定義では、破壊的イノベーションとはテクノロジーで可能になるものであり、コスト低下を特徴とするラーニングカーブ(学習曲線)をなぞるため、コストが低下します。コストが下がるにつれて、より多くの人々がこれらの新技術にアクセスできるようになり、マス市場のチャンスになるのです。

さきほど、5つのテクノロジー(マルチオミクス・シーケンス、ロボット工学、エネルギー貯蔵、ブロックチェーン技術、AI)について触れましたが、なぜそれらが重要なのかというと、それは私たちの生活を完全に変えるものであり、従来の世界秩序を破壊するものだからです。つまり、あるトレンドが10年、20年と続いているからといって、この5つのテクノロジーがそれを破壊するのであれば、それがずっと続くとは限らないのです。

これらが私たちの日常生活にどのような影響を与えるのか、すでに多くの実例があります。例えば、マルチオミクス・シーケンスは、ゲノムの突然変異などの病気を素早く見つけるのに役立っています。突然変異はプログラミングエラーのようなものなのです。

今ではCRISPR Cas9のような技術があり、ゲノムを再プログラムしたり、突然変異を編集して病気を治すことができます。そのためベータサラセミアや鎌状赤血球症は治癒されつつあります。こうして多くの病気が治るようになるでしょう。ロボット工学は、アメリカ企業を一変させるでしょう。世界の企業の中でも日本はロボット工学のリーダーですから、多くを語るまでもありませんが、ロボット工学とAIの融合により、生産性は急上昇するでしょう。

成長率と生産性は驚くほど高くなり、おそらく向こう数年間は1桁台後半で成長すると私たちは考えており、こうした企業の利益は大幅に増加することになるでしょう。

また、テクノロジーは雇用を創出するものであり、ロボットは人々の生産性を向上させ、より高収入の仕事に就かせることができると思います。そしてもうひとつ、極めて重要な変革として、ロボット工学、エネルギー貯蔵、AIの融合を挙げたいと思います。それは自律走行するタクシー・プラットフォーム、ドローン、トラック、ボートなどです。これらは交通を一変させ、移動コストを劇的に下げ、誰もがその恩恵に授かることになるでしょう。

破壊的イノベーションは、世界の株式時価総額のおよそ10%を占めていますが、今後5年から10年の間に、この10%は60%になり、時価総額は15兆ドルから200兆ドルとなるでしょう。このような新しいイノベーションから投資上の恩恵を得るためには、変化の正しい側にいる必要があると考えます。もし総合的なベンチマークに投資していれば、個人投資家の方はおそらく、「世界が将来どう動いていくか」ではなく、「世界がこれまでどう動いてきたか」に重点を置くことになってしまうでしょう。

4つのテーマ「フィンテック、スペース、デジタルトランスフォーメーション、メタバース」に注目

岡元:では、個人投資家が株式市場で「破壊的イノベーション」の考え方を参考にするにはどのように考えればいいのでしょうか。

ウッド氏:私たちは、フィンテック、スペース、デジタルトランスフォーメーション、メタバースという4つの破壊的イノベーションに注目しています。そして、これらすべてにおいて、金利が上昇していた2022年、イノベーション戦略は劇的な打撃を受けたことがお分かりいただけるでしょう。しかし私たちはいま、金利はピークを迎え、将来的に低下すると考えています。そうなれば、この4つのテーマには追い風になると思います。

2023年にアーク・インベストが発行している冊子『ビッグ・アイデア』では、破壊的イノベーション戦略が15兆ドルから200兆ドルに至る背景を説明しています。

岡元:これらの破壊的イノベーションについて簡単に説明していただけますか?

フィンテック:世界がデジタルウォレットに向かって進化

ウッド氏:まずフィンテックについて私たちの見解を解説します。私たちは、世界がデジタルウォレットに向かって進化していると考えています。デジタルウォレットは、中国のWeChat Payが最初の例であり、私たちは、デジタルウォレットが世界中に広まり、金融サービス向けのみならず商業目的でも利用されるようになると考えています。

これはイノベーション界では最も注目される動きのひとつであり、多くの企業はブロックチェーンが提供する技術を取り込むか、その準備にとりかかることになるでしょう。例えば、スクエア(現ブロック社)[SQ]は研究開発のかなりの部分をビットコインのブロックチェーンに割いています。複数のブロックチェーンを利用する企業も出てくるでしょうが、これは大きなアイデアです。実際、暗号資産全体の流れを見れば、暗号資産そのものに直接投資することはできなくても、私たちの投資先企業が暗号資産に触れているのです。そして、暗号資産の世界は2030年までに25兆ドル規模になると考えています。

宇宙関連:ブロードバンドと極超音速飛行に大きなチャンス

スペース(宇宙)については、自律移動に関して2つの大きなチャンスがあると見ています。その2つは相互に連結し合う世界です。1つは、現在ブロードバンドを利用していない20億から30億の人々や、ブロードバンドが非常に届きにくい遠隔地に住んでいる人々にブロードバンドを届けることができること。そして、もう1つ、盛り上がってきているビッグ・アイデアは、極超音速飛行です。大企業の中にはその事業機会に取り組んでいるところが出てきています。そして、その間に位置するのがドローンです。ドローンは食料品や日用品の配達コストを大幅に削減するでしょう。

デジタルトランスフォーメーション:多くの医療がデジタル領域に移行

また、エア・タクシーは、例えば大都市から空港までエア・タクシーを利用する人が益々増えれば、道路の混雑を緩和するのに役立つでしょう。デジタルトランスフォーメーションはコロナ禍では非常に重要なトピックとなり、2020年にはゼロタッチ・ゼロコンタクトが大きなテーマでした。このテーマはあらゆるものをデジタル化しようとする動きを加速させ、テクノロジーの進化により実現することになりました。

あらゆるセクターがデジタル化され、デジタルに変貌を遂げ、私たちはハイブリッド・ワークへと移行し、現在ではほとんどの企業がハイブリッド・ワークを行っています。週に何日か出社する人もいれば、自宅で仕事をする人もいる。自宅で仕事をするためには、もちろん、完全にデジタル化する必要があります。

次に遠隔医療についてですが、どうしても必要なとき以外は病院に行きたくない人がほとんどでしょう。そして多くの医療がデジタル領域への移行を進めています。特に現在では、ゲノムの塩基配列解読が可能になっており、医師はそれを精査することができます。

メタバース:消費面が今後より活性化されるだろう

メタバース領域では、メタ・プラットフォームズ[META](旧Facebook)が挙げられます。同社は仮想世界であるメタバースに社の将来を託しました。若者が使う自由裁量時間の半分以上はオンライン上で費やされています。仮想世界はこの先も進化を続け、特に若者の成長に伴い、消費の面でより大きな部分を担うようになると私たちは考えています。

以下の図の通り、4つのテーマ全てがオール・カントリー・ワールド・インデックスを上回っています。

【図表】
出所:Ark Invest/日興アセットマネジメント作成 ※2022年12月30日を100にして指数化

2023年はよりデジタル性が高いものほど好成績をあげています。宇宙関連銘柄は少々循環的な傾向があり、固定費の高い企業がより多く含まれます。しかし世界の相互接続が進み、極超音速飛行やドローン利用が増え続ければ、スペース関連ポートフォリオもオール・カントリー・ワールド・インデックスを更に引き離していくでしょう。

次回は、キャシー・ウッド氏「米国のヘルスケア情報を牽引する企業とその注目点」【中編】をお届けします。