◆昨夜は十三夜。台風一過で塵ひとつなく澄みわたった秋の夜空に浮かんだ見事な月を眺めた方も多いだろう。中秋の名月(十五夜)の1月後にくる十三夜は「栗名月」とも言われ、十五夜に次いで美しい月である。十五夜または十三夜のどちらか一方のお月見しかしないことを「片見月」と呼び、縁起が悪いとされる。確かに、ふたつあるものを片方しか見ないのは、よろしいことではない。
◆円安を巡る議論が熱を帯びている。9月18日付け小欄「実質」で述べた通り、ものごとには常に二面性があって、円安でも円高でもメリット・デメリットの双方がある。正確に言えば、恩恵に浴する側があり、不利益を被る側がある。だから、「日本経済全体で見れば」とか「(メリット・デメリットを)ネットアウト(相殺)すれば」というのは実態のない議論である。「日本経済全体」という主体も、相殺された主体もないからである。
◆「現在の円安水準ではまだメリットのほうが大きい」というのは、大企業製造業などグローバルプレーヤーの視点に立った意見だろう。東証一部の時価総額比率は、製造業が半分、非製造業が3割、残りが金融業である。製造業:非製造業:金融業の時価総額比率、5:3:2はそっくりそのまま利益額の比率でもある。上場企業の時価総額と利益で見れば、半分が製造業だ。しかし、日本全国、中小企業も含めた会社の「数」では、製造業の比率は1割に満たない。圧倒的な大多数は国内のローカルなサービス産業である。彼らにとっては円安メリットがないばかりか、輸入コスト増でデメリットのほうが大きい。
◆グローバルプレーヤーが主役の株式市場の視点に立つか、大多数の内需産業主体の国内景気の視点に立つかで円安の捉え方は180度違ってくる。代表的な景気指標のGDPはGross Domestic Product、文字通りDomestic(国内)の景気動向を表す指標だ。いくらグローバル企業が海外で稼いでも(輸出が増えなければ)GDPにはカウントされない。怖いのは政治が大衆迎合的になることだ。いつの時代も政治は「数」だからである。秋空に月を見ながら験かつぎを思い出そう。「片見月は縁起が悪い」。両者の視点からバランスをとることが肝要である。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆