◆バーチャルとリアル。仮想と現実。これと似て非なる言葉に「名目と実質」というのがある。われわれは「リアル(現実)」の世界に住んでいる。しかし、われわれが暮らしているのは「名目」の世界だ。株価も、大根の値段も、あなたのお給料も、すべて名目の値である。だから「実質」というものが理解しにくい。

◆人手不足を反映して、ようやく賃金が上昇し始めた。7月の統計で、ボーナスなども含めた現金給与総額は17年半ぶりの高い伸びとなったが、それでも「実質所得」の伸びはマイナスである。お給料は上がった。でも物価はそれ以上に値上がりし、消費税率も上がった。所得の伸びが物価上昇に追いついていない。これでは財布の紐も固くなるわけである。

◆ドル・円相場などの為替レートは2国間の通貨の交換比率である。だから、「円が強い」とか「円が安い」とかは本当は一概には言えないことである。円の総合的な価値を測るには「実質実効為替レート」というものが用いられる。「実質」とは、名目の為替レートを、自国と他国のインフレ格差で調整することである。例えば、日本製品の価格上昇率がゼロで、米国製品の価格上昇率が 10%であれば、名目のドル円レートが変化しなくても米国製品は割高になるため、日本製品の対外競争力は 10%改善する。

◆「実効」とは、複数の為替レートを貿易量などを基準として加重平均することである。対ドルでは 10%競争力が改善していても、対ユーロ、対ウォン、対人民元では、10%競争力が悪化していれば、日本製品の対外競争力がグローバル全体で改善しているとはいえない。

◆ある分析によれば、現在の円レートは実質実効ベースで、円が変動相場制に移行して以来の最安値水準にあるという。だからこれ以上の円安は日本経済のためにならないという意見もある。ピンとこないだろう。ピンとこない、そのわけは、冒頭述べたように、われわれは名目の世界に生きているからである。とにかく、円安にもメリット・デメリットがあるのは事実だ。そして無論、円高にもメリット・デメリットがある。ものごとにはすべて二面性がある。いや、正しくは3つの側面がある。あなたの言い分、私の言い分、そして事実、である。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆