◆昨日の小欄で取り上げたハローキティの夢はピアニストか詩人になること。僕も同じである。将来の夢は詩人になることだ。本当は今すぐにでもストラテジストをやめて詩人になりたいのだけど、そうすると家族を路頭に迷わせることになるので、仕方なく会社勤めをしている次第である。
◆日経新聞「私の履歴書」を連載中の前欧州中央銀行(ECB)総裁、ジャンクロード・トリシェ氏も、幼いころから詩に没頭したと述懐している。フランス文学の教授であった父親の影響で、マラルメ、ボードレール、ヴィヨンなどに親しみ、自身で詩作もしたという。
◆セントラルバンカーにはインフレファイターのDNAが流れている。「通貨の番人」との自負が遺伝子として引き継がれている。特に欧州はその気概が強い。二度の世界大戦で紙幣が文字通り紙くずになった体験からインフレへの恐怖心が刷り込まれているのだろう。「ユーロを守るためならなんでもする」というスタンスが一番の根っこにある。リーマン危機から3年も経たず、欧州債務危機が拡大する最中の2011年に当時ECB総裁だったトリシェ氏は2度の利上げを断行している。
◆さすがに、それだけをもって金融政策の失敗と決めつけるわけにはいかないが、日英米欧のなかでは欧州の経済状況が最も深刻である。ユーロ圏の8月の消費者物価指数は前年同月比+0.3%とデフレに陥る瀬戸際だ。「すぐにでも詩人になりたいが、そうすると家族が路頭に迷う」と上述したが、このユーロ圏のデフレ化はトリシェ氏があまりに「詩人」だったために、ユーロが路頭に迷ったという側面もあろう。市場ではECBもついにQE(量的緩和策)に踏み切るとの観測が高まっている。
◆トリシェ氏はフランスの詩人ではマラルメが最も偉大だと述べている。マラルメの詩の一節に以下のようなものがある。
誇らしい自負心は みな 夕暮れに、
風に消される松明の焔と 煙り、
永劫不滅のその息吹も つひに
遺忘に抵抗することが出来ない。
誇り高きマリオ・ドラギ総裁もQEを実施せざるを得ないか。言わずもがなだが、QEとは通貨価値を貶める政策である。通貨の番人の自負心も、「永劫不滅のその息吹も」、ついに「遺忘に抵抗することが出来ない」のだろうか。注目のECB理事会は日本時間の今夜に開かれる。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆