気候変動関連議案、過去最高数も賛成比率は低下
7月末以降、米国では総会シーズンを振り返る統計や分析が続々と出てきている。米法律事務所のGibson Dunnが今年7月末に取りまとめた報告書によると、2023年の株主総会シーズン(2022年10月1日~2023年6月1日)にラッセル3000企業(米国企業の時価総額上位3000社)に提出された株主提案の数は前年同期比で2%増の889件となり、2016年以降最高となった。トピック別に、今年明らかになった傾向を整理したい。
Gibson Dunnによると、889議案のうち気候変動に関する議案は全体の約17%にあたる150件となった。株主提案の提案数は年々増加するいっぽうで、賛成比率は減少傾向にある。米国投資家擁護団体であるProxy Impactがまとめた分析によると、2023年の総会シーズンで提出された気候変動に関する株主提案で主要な2タイプの議案がある。それぞれの平均賛成比率は下記の通りとなり、2021年をピークに低下傾向にある。
●温室効果ガス排出量に関する議案:27.7%(2021年は59.2%)
●気候変動対策に関する戦略とリスク評価に関する議案:16.9%(2021年は37.1%)
ここで、2021年が高水準だった理由について、改めて振り返りたい。Proxy ImpactのCEO、マイケル・パッソフ氏によると、第一に同年に大統領に就任したバイデン氏が積極的な気候変動対策への取り組みとクリーンエネルギーへの大規模投資を表明したことが大きな後押しとなった。そして同年に提出された気候変動に関する株主提案の多くは、企業に約束を求めるものの詳細な開示は求めるものではなかったことから、幅広い株主が賛同しやすい事例が多かったという。例えば、かつてゼネラル・エレクトリック・カンパニー[GE]に提出されたある議案は同社の経営陣含む97%の株主が賛同したが、同社がネットゼロ目標を達成しているかどうか開示し(達成していない場合にはその評価と開示を行い)ネットゼロを実現するための施策を行うといった内容のものだった。
実際、2021年には賛成比率が高かったことから、株主アクティビズムに関する歴史的な転換点が訪れたという見方が強まった。しかし、2022年以降は企業に対して「短期、中期、長期の排出目標」などの詳細の開示や「スコープ3」の排出量の開示を企業に求める議案などが提出されることとなった。これらの議案は大手の投資家や議決権行使会社にとっては「規範的すぎると見られることが多い」(パッソフ氏)とのことから、議案の支持率が伸び悩む事例が増えているという。
新たな焦点は「公正な移行」に
パッソフ氏は、「それらの議案には実際には拘束力はないため、投資家が投資を適切に評価することができないことへの言い訳のように聞こえる」とも言い「温室効果ガスの排出量削減の策定を求める議案が出た際は、企業が目標を達成しているかを確かめ、企業が科学的根拠に基づいた目標に関する取り組みを行った結果、取り下げられた議案も数多くあった」との見解も示している。
一方で、1つの議案の形式として定着したのが「公正な移行」に関する株主提案だろう。Gibson Dunnによると、この形式の議案はラッセル3000企業に37件提出され、そのうち9件は総会で決議されることとなり、平均28.7%の賛成比率を得た。欧米の大手投資家の間では、公正な移行における使用エネルギーの変化に伴い、企業は座礁資産(将来の市場環境や社会環境の変化で価値が大きく毀損し、企業に損失をもたらすと考えられる資産のこと)の発生を回避すべきとの考え方は定着しつつある。
実際、米国の金融機関等に提出された、本テーマに関連した議案はJPモルガン・チェース[JPM](35%)、ウェルズ・ファーゴ[WFC](35%)、ゴールドマン・サックス[GS](30%)で3割前後の賛成比率を獲得している。ここから、投資家が金融機関に融資先企業が座礁資産の発生を回避するよう働きかけることを大きく期待していることが伺える。
「座礁資産」の回避、ロビー活動に関する議論になる可能性も
今夏は気候変動に関連する世界的な猛暑や熱波、干ばつの影響で、世界的に穀物の不作リスクが広がるとともに、人類の健康リスクの増加や労働生産性の低下まで指摘されている。これらは企業活動にとっても重大な課題で、世界の経済活動に深刻かつ不可逆的な変化が続々ともたらすことも危惧されている。2024年の大統領選の動向次第ではあるものの、米国でも気候変動対策やエネルギー移行に関する急進的な政策が実行される可能性は十分にある。
その場合、多くの人の関心テーマとなるのは、化石燃料の関連資産の座礁化で損失を被るのは具体的に誰なのかということだろう。米マサチューセッツ大の研究者グループが発表した分析によると、気候変動に関する政策の実行の結果、化石燃料関連の座礁資産の発生で損失を被るのは、超富裕層だという。研究者らは金融資産の分布に基づいて、投資が座礁資産となる影響をモデル化し、4万以上の油田とガス田への投資の所有権を追跡して調査を行った。その結果、米国で発生する座礁資産は約3500億ドルと推定され、その損失全体の3分の1は最上位1%の富裕層が被り、次に豊かな9%の層も同じく全体の3分の1の損失を被ることになるという。
同研究によると、地球の気温上昇が1.5℃に抑えられる政策シナリオを想定しても、最も裕福な1%の人々が失う富は(絶対額で見れば大きいものの)彼らが保有する富全体の2%未満に留まる見込みであるという。いっぽうで、研究者たちは化石燃料業界に関連した資産を持つ層が自らの富を守るためにロビー活動を行う懸念があり、それが今後克服すべき政治経済的な課題になるとの見解も示している。よって、米国では引き続き高排出企業によるロビー活動に関する議論が投資家や幅広いステークホルダーの関心を集めることは十分に考えられる。
実際、2023年の株主総会シーズンでラッセル3000企業に提出された株主提案のうち、気候変動に関するロビー活動に関する株主提案の賛成比率の平均は38.2%と比較的高水準にあり、足元で投資家も強い関心を持っていることが伺える。
「S(社会)」関連議案は「リプロダクティブ・ライツ/ヘルス」が新たな軸の一つに
また、Gibson Dunnによると、ラッセル3000企業に提出された株主提案のうち、社会に関する議案は全体約33%にあたる297件となった。社会に関する議案で最も大きなテーマとなったのは多様性に関する議案だったが、前年同期比と比べ約2割減の76件にとどまった。そのほか、男女・人種間の平等や賃金格差の是正、人権といった伝統的テーマに加えて注目を集めたのはリプロダクティブ・ライツ/ヘルスに関する議案だ。
リプロダクティブ・ライツ/ヘルスとはいつ何人子どもを産むか産まないかを選ぶ自由、安全で満足のいく性生活、安全な妊娠・出産、子どもが健康に生まれ育つことなど、女性の性と生殖に関する人権のことを指す。米国では、米連邦最高裁が1973年の「ロー対ウェイド」判決で、人工妊娠中絶を選ぶ憲法上の権利を認めた事例が一定の効力を持っていたものの、合衆国最高裁判所が2022年6月に49年ぶりに判例を覆した。これがきっかけとなり、州による中絶禁止を容認した事例が増えている。ニューヨーク・タイムズのまとめによると、2023年7月時点で全米50州のうち14州で中絶が禁止されている。
このような状況で世間的な関心が高まり、2022年の株主総会シーズンには4件だったリプロダクティブ・ライツ/ヘルスに関する株主提案の数は22件に急伸した。代表的な事例としては、独立系のESGファンドとして知られるアルジュナ・キャピタルからグーグル親会社のアルファベット[GOOGL]やフェイスブックを運営するメタ・プラットフォームズ[META]に対して提出された、リプロダクティブ・ライツに関するデータ・プライバシーの議案のほか、株主擁護団体のAsYouSow等から飲料メーカーのコカ・コーラと[KO]ペプシコ[PEP]に提出された、リプロダクティブ・ライツに関する州法や立法によるリスクや影響について開示を求める議案がある。
企業に求められる、社会課題政策の先を見越した適応
以上をまとめると、反ESGに関する気運の高まりにより、特定の政治的信条に紐付けられた株主運動は一定の逆風に直面することも考えられる。一方で、社会課題の改善を始点にした政策議論や立法手続きが進むことを見越して、多様なステークホルダーが企業に新たな市場環境や規制への適応を求める姿勢を反映しているとも言える。